【洋画】「日の名残り/The Remains of the Day」(1993)【経営】「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」宮本茂さん

2019年09月20日

【政治/経済】「ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来」小島健志さん

P270
第4章 AI時代でも活躍できる子を育むためにエストニアは何をしているのか?
ーー教育をデジタル化する。

エストニア初のデジタルロイヤーが語る「弁護士は今後どう変わるのか」

「英国で私たちの事業の認可が下りたのよ」

紙の許可証を手にくんくんと匂いをかぐそぶりを見せるカイディ(・ルーサレップCEO)。電子化された世界で生きる彼女たちにとって、インクの匂いはむしろ珍しい。金融の本場である英国の規制を乗りこえたことで、また一段と彼女たちのサービスの規模は広がるだろう。

(カイディの経営する)ファンダービームは、2013年に設立、証券取引所のあり方を根本から変えるスタートアップだ。これまでは、一部の投資家やベンチャーキャピタルから相対取引で出資を得るか、株式公開をして証券取引所を介して不特定多数の人から資金を得るかといったように、資金調達の選択肢は限られていた。

そこに、ファンダービームがブロックチェーン技術の仕組みを導入し、クラウドファンディング型で資金を集め、そして株式のように流動化できるようにした。つまり、スタートアップの資金調達をより多様化したのである。

だが、そんな証券市場の既存の枠組みを壊そうとしているカイディ自身が、実は体制側の人物だった。

カイディは、ファンダービーム創業前に、エストニアの電子政府を支えた法律家として活躍していた。エストニアとして初めてデジタル分野専門の法律家として、2000年には「電子署名法」を書いている。

これは、第1章でも述べたように、エストニアのビジネスを紙から電子へと大きく変えた法律である。しかも彼女はその後、証券取引所ナスダック・タリンの代表も務めた。つまり、国の法整備に携わり、そして証券取引所そのものを運営してきたのだ。

そんな彼女が法律家として生きていくのではなく、起業家として新しい証券取引所のモデルを考え、その道を切り拓いている。

エストニアでは、電子化によって法律家に何がもたらされたのか。カイディの答えは明快だ。

「私たちがよりスマートになるように、背中を押して(プッシュして)くれたのよ」

エストニアでは、訴訟の手続きも電子化が進み、書面作成の作業は効率化が進んでいる。今後訴訟用の書面を「書く」という仕事も、ほとんどテンプレート化されていくだろうし、基本的な相談内容はAIが答えていくだろう。なぜならば、法律は定型化されているからだ。

これまで機械化といえば 人手のかかる工場や店舗などのいわゆるブルーカラー領域だと見られていた。だがAI・ロボット化は、ホワイトカラー領域にもそれが及ぶことを意味する。ブルーカラーかホワイトカラーかが問題ではなく、作業が定型化されているかどうかで考えるべきであるからだ。


従って、会計士や弁護士といった士(サムライ)業だけでなく、「高級職のルーティン作業」と言われていた仕事も、容赦なくAI・ロボット化の対象になる。

たとえば、新聞記者の仕事の1つである「短信を書く」作業がそうだ。資料を読み短い記事を書く仕事は、定型化されているため、AIの入り込む余地がある。すでに決算短信記事はAI化されはじめている。会見の書き起こしやプレスリリースの短信記事なども、間もなく人がやる仕事ではなくなるだろう。

経理や事務、人事、営業であっても、定型化・ルーティン化した仕事であれば、いつの間にかその仕事はなくなるに違いない。

そんな中、カイディのような人たちは、われわれよりも先の時代を生き、ライフシフトを果たしたのだ。「AIやロボットに雇用を奪われる」と悲観的な未来を描く前に、より人間にしかできないことは何かを考え、知識をアップデートし、時間と場所の制約を超えて、新しいキャリアを開拓することだ。

第3章で登場したアグレロのハンド(・ランドCEO)もそうだ。単なる弁護士業務や法律業務は、難解ながらも定型化された仕事の多くで成り立っていたことに気づいた。それを自動化していくことは、コードを書ける彼らからしたら、むしろ当然の流れで、その上で自身のキャリアを決めたのである。

『AIに仕事を奪われる』か否かの分水嶺は、従事職がブルーカラーかホワイトカラーかではなく、遂行作業が定型化、ルーティン化されているか否か」との小島健志さんの指摘は尤もだが、そもそも我々人間はなぜ、作業を定型化、ルーティン化したがるのだろう。
やはり、根因は「『リソース消費最小化』の性癖」だろう。
「頭を使うこと」はとりわけ心身のリソース消費が多く、「生存」確率を担保するには、消費を最小化するのが有効である。
しかして、生き物として性癖的に、遂行すべき作業を極力「頭を使わなくて済むよう」定型化、挙句、ルーティン化するのだろう。
人間はとかく「楽をしたがる」生き物だが、それには相応の、否、命懸けの、訳がある。

ただ、この「生存」確率を担保する性癖が、AIの台頭により、かえって「仕事」という「生存の糧」を、挙句、「生存」確率を危うくするのだから、文明の進化は皮肉である。
プロの将棋は、序盤から中盤の初め迄が定型化された「定跡型」と、定型化されていない、羽生善治の言う「未舗装の、羅針盤の効かない『獣道』」が終始する「力戦型」に大別され、今トッププロの間で主流なのは後者である。
なぜか。
後者は、一手の悪手が即「命取り」、「敗戦」に直結するため、「神経戦」必至、かつ、棋士としての根源的な棋力、実力を要求するからである。
AIが我々に要求しているのは、「生存の糧」以上の仕事における「『獣道』当然視の性癖」、そして、人間としての実力の向上である。







kimio_memo at 07:35│Comments(0) 書籍 

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