2019年02月13日
【邦画】「かあちゃん」(2001)
[ひと言感想]
罪を憎んで人も憎んでしまうのは、得てして、さもなくば自分が救われず、自己肯定できなくなるからである。
おかつが勇吉を憎まなかったのは、蓄財を失おうと、子どもたち共々出直す気概と確信があったからだろう。
罪を憎んで人も憎むか。
問われるのは、「加担」を旨とする社会の理解、そして、自己肯定の不断の担保である。
罪を憎んで人も憎んでしまうのは、得てして、さもなくば自分が救われず、自己肯定できなくなるからである。
おかつが勇吉を憎まなかったのは、蓄財を失おうと、子どもたち共々出直す気概と確信があったからだろう。
罪を憎んで人も憎むか。
問われるのは、「加担」を旨とする社会の理解、そして、自己肯定の不断の担保である。
kimio_memo at 07:05│Comments(0)│
│映画