2018年11月16日
【洋画】「フューリー/Fury」(2014)
[ひと言感想]
ドンはなぜ、絶体絶命下、フューリーを棄て逃げなかったのか。
「任務の完遂」、「我が家(home)」等々、自身の言い分も一理あるが、彼が全乗員を愛称で呼び合ったこと、そして、制圧した民家でノーマン、エマらと日常の食卓を試みたこと、にヒントはないか。
ドンはある時を境に、眼前の非日常の日常を悉く『ごっこ』と思うようになったのではないか。
戦争の狂気から自我を守ろうと、無意識に。
これは所詮「戦闘『ごっこ』」、「家族『ごっこ』」なのだ、と。
『ごっこ』だから、否、『ごっこ』だからこそ、最後まで尤もらしく振る舞わねば、と。
だから、我が家のフューリーを棄て果すべきでない、と。
戦争のラスボスは、敵の兵士ではなく内なる狂気ではないか。
ドンはなぜ、絶体絶命下、フューリーを棄て逃げなかったのか。
「任務の完遂」、「我が家(home)」等々、自身の言い分も一理あるが、彼が全乗員を愛称で呼び合ったこと、そして、制圧した民家でノーマン、エマらと日常の食卓を試みたこと、にヒントはないか。
ドンはある時を境に、眼前の非日常の日常を悉く『ごっこ』と思うようになったのではないか。
戦争の狂気から自我を守ろうと、無意識に。
これは所詮「戦闘『ごっこ』」、「家族『ごっこ』」なのだ、と。
『ごっこ』だから、否、『ごっこ』だからこそ、最後まで尤もらしく振る舞わねば、と。
だから、我が家のフューリーを棄て果すべきでない、と。
戦争のラスボスは、敵の兵士ではなく内なる狂気ではないか。
kimio_memo at 07:05│Comments(0)│
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