【邦画】「検察側の罪人」(2018)【洋画】「ゼロ・ダーク・サーティ/Zero Dark Thirty」(2012)

2018年08月22日

【経営/自伝】「シュードッグ(SHOE DOG)」フィル・ナイトさん

P79
最初の在庫を完売

私の販売戦略は至ってシンプルで、自画自賛している。数軒のスポーツ用品店に断られたが(坊や、この業界ではトラックシューズはもういらないよ)、私は大西洋岸の北西部を走り、さまざまな陸上競技会に向かった。レースの合間にコーチ、ランナー、ファンらと談笑し、それからシューズを見せる。反応は決まって上々で、注文が間に合わなかった。

ポートランドまでの帰りに、私は商売が突然軌道に乗った理由について考えた。百科事典は売れなかったし、軽蔑もしていた。ミューチュアルファンドの売り込みはまだマシだったが、内心では夢も希望もなかった。シューズの販売はなぜそれらと違ったのだろうかセールスではなかったからだ。私は走ることを信じていた。みんなが毎日数マイル走れば、世の中はもっと良くなると思っていたし、このシューズを履けば走りはもっと良くなると思っていた。この私の信念を理解してくれた人たちが、この思いを共有したいと思ったのだ。

信念だ。信念こそは揺るがない。

私のシューズ欲しさに、手紙や電話で、タイガーのことを聞いてぜひ履いてみたいから、着払いで至急送ってくれと言ってくる人もいた。こうして自然と、メールオーダーのビジネスが生まれた。

家を訪ねてくる人もいた。数日ごとに夜ベルが鳴り、父がブツブツ言ってリクライナーから立ち上がりテレビを消して、いったい誰だといぶかしがる。玄関には、やせっぽちで妙に足に筋肉が付いた若者がいて、怪訝そうな目つきでそわそわと、ドラッグに溺れる薬物中毒者のような佇まいだ。「バックはいますか」と言う。父は台所から私の部屋まで知らせに行く。私は彼を中に通してソファーに案内し、彼の前に跪いて足を測る。父はポケットに手を入れたまま、信じられないといった様子でやり取りを観察するのだ。

家を訪ねてきた人から人へとうわさを呼び、友人のまた友人へと口コミで広がった。何人かには宣伝用にと地元の印刷所で作ったビラを渡した。上には大きな字で「フラットシューズ最高のニュース。日本がヨーロッパの独占市場にチャレンジ」と書いてある。それからこう続く。「人件費を抑えて、新会社はこのシューズを6.95ドルの低価格で提供します」。下には私の住所と電話番号がある。これをポートランド中に配った。

(後略)


P499
ビジネスとは

”ビジネス”という言葉には違和感がある。当時の大変な日々と眠れぬ夜を、当時の大勝利と決死の闘いをビジネスという無味乾燥で退屈なスローガンに押し込めるには無理がある。当時の私たちはそれ以上のことをしていた。日々新たに50の問題が浮上し、50の即断を迫られていた。1つでも見切り発車をしたり、判断を誤れば終わるのだと常に痛感していた。

失敗が許される範囲はどんどん狭くなる一方で、掛け金はどんどんつり上がっていった。しかし私たちが”賭けていた”のは”金”ではない。その信念が揺らぐことはなかった。一部の人間にとって、ビジネスとは利益の追求、それだけだ。私たちにとってビジネスとは金を稼ぐことではない。

人体には血液が必要だが、血液を作ることが人間の使命ではないのと同じだ。私たちの体内では赤血球や白血球、血小板が作られ、各部に均等に滞りなく時間どおりに送られる。そうした人体の営みは、より高い次元の目的達成に向けた基本的なプロセスだがそれ自体は私たち人間が果たすべき使命ではない。その基本プロセスを超えようと常に奮闘するのが人生だ。

1970年代後半の私はまさに奮闘していた。私は勝つとはどういうことかを見つめ直し、勝つこととは、負けずに生き延びる以上のことだと知った。


勝つことは、私や私の会社を支えるという意味を超えるものになっていた。私たちはすべての偉大なビジネスと同様に、創造し、貢献したいと考え、あえてそれを声高に宣言した。何かを作り改善し、何かを伝え、新しいものやサービスを人々の生活に届けたい。人々により良い幸福、健康、安全、改善をもたらしたい。そのすべてを断固とした態度で効率よく、スマートに行いたい。

滅多に達成し得ない理想ではあるが、これを成し遂げる方法は、人間という壮大なドラマの中に身を投じることだ。単に生きるだけでなく、他人がより充実した人生を送る手助けをするのだ。もしそうすることをビジネスと呼ぶならば、私はビジネスマンと呼んでくれて結構だ。
ビジネスという言葉にも愛着が湧いてくるかもしれない。

本書、とりわけ上記箇所から合点した最たるは、ナイキ(Nike)がブランドマーケティング、即ち、「物語り創り」に長けているのは、創業者フィル・ナイトの経営哲学の賜物であり、DNAである、ということである。
成る程、ナイキは、今や「ナイキワールドキャンパス」なる広大なヘッドオフィスを持つが、ナイトの実家にオフィスを間借りしていた創業時から、本質的に不変なのである。
「自社の製品を『セールス』するのでも、所謂『ビジネス』、『金稼ぎ』をするのでもない。とことん、袖振りあった(潜在)顧客の更なるハッピーライフを信じ、チャンスを最善提供するのだ」、と。
代々ナイトから本薫陶を得、「モノ創り」でも「モノ売り」でも「金儲け」でもなく、専ら使命として「縁者の幸せ創り」に腐心する現経営者以下全スタッフが「物語り創り」に長けているのは、正に当然の帰結である。
夢も希望もある顧客は、夢も希望もある経営者とスタッフが創るのである。
そして、夢も希望もある経営者とスタッフは、夢と希望を信じる不変かつ普遍の経営哲学が創るのである。



SHOE DOG(シュードッグ)
フィル・ナイト
東洋経済新報社
2017-10-27




kimio_memo at 06:26│Comments(0) 書籍 

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