【洋画】「激突!/Duel」(1971)【洋画】「仮面の男/The Man in the Iron Mask」(1998)

2017年05月01日

【洋画】「最強のふたり/Intouchables」(2011)

[ひと言感想]
「(障害者の自分に対するドリスの過剰、ないし、無用な)同情、容赦の『無さ』が良い」。
フィリップはこう反論し、ドリスの解雇話に耳を貸さなかった訳だが、これはフィリップが、今全世界でブレーク中の(苦笑)「偽善」に辟易し、絶望した、挙句、介護人の皮をかぶった偽善者を一週間毎に馘首にし、心を閉ざし尽くした、そんな時分ならではの思考だろう。
偽善を見抜けず、その偽りの心地良さに甘んじていた時分なら、フィリップは聞き入れたのではないか。

たしかに、偽善は必要悪だが、それは未知かつ非眼前の、個別に対応できない、個別に関心が持てない他者、および、社会に対してである。
それらができ、かつ、生涯付き合う家族や友人に対しては、ひと言野暮である。
彼らの不幸は「腫れ物」でないのだから。

偽善は、「取らぬ狸の皮算用」を下心とするリスクヘッジ、ならびに、自己防衛である
なぜドリスは、フィリップに偽善をはたらかなかったのか。
なぜ、フィリップの不幸に同情しなかったのか。
近因は、後天的に会得した不幸に対するデフォルト(当たり前/そんなものだ)感と耐性だろう。
根因は、眼前の他者を家族、友人同然に受容し、個別に対応できる、個別に関心が持てる能力と習性、否、その根底の「無邪気」という無知と天然、だろう。

ドリスがフィリップの足に熱湯をかけたのが虐待でなかったのは、無邪気のてん末だったから。
即ち、敬意に基づき、個別に関心を持ったてん末だったから、だろう。
他方、ドリスなき後フィリップが髭男爵になった(笑)のは、後釜の介護士の一挙手一投足が偽善かつ障害者対応の典型で、改めて心身を閉ざすほかなかったからだろう。
たしかに、「首を掻っ切る」可能性のある髭剃りは、虐待、最悪殺人になりかねず、偽善者にはまかせられない。
成る程、我々は未知かつ非眼前の他者の言動を安直に「虐待」呼ばわりするが、「セクハラ」共々不可能に違いない。


最強のふたり スペシャル・プライス [DVD]
出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー
監督:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
アミューズソフト
2015-06-24




kimio_memo at 09:25│Comments(0)TrackBack(0) 映画 

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