2017年04月10日
【邦画】「あん」(2015)
[ひと言感想]
人間は、「無くて七癖」であり、「無くて持病」である。
誰しも、持っていないと「思ってる」、ないし、無意識に「思おうとしている」が、何らかの病を、それも不治の病を持っている。
徳江も千太郎もワカナも、そうである。
皆、自覚の有無や強弱はさておき、持っている。
彼らの病因は様々である。
自責もあれば他責、運責(?)もあり、無論、後者は酷である。
けれど、この世に出られた以上、その不遇、不条理を延々嘆くべきではないのである。
否、延々嘆くのは勿体無いのである。
徳江のように、常に五感を澄ますのである。
そして、そんな自分でも今できること、そんな自分だからこそ今できることを探し、五感で確かめ、「生きる意味」の、即ち、自己肯定の足しにするのである。
持病があってこそ、持病との共存共栄を観念、悪あがきし続けてこそ、人間である。
人間は、「無くて七癖」であり、「無くて持病」である。
誰しも、持っていないと「思ってる」、ないし、無意識に「思おうとしている」が、何らかの病を、それも不治の病を持っている。
徳江も千太郎もワカナも、そうである。
皆、自覚の有無や強弱はさておき、持っている。
彼らの病因は様々である。
自責もあれば他責、運責(?)もあり、無論、後者は酷である。
けれど、この世に出られた以上、その不遇、不条理を延々嘆くべきではないのである。
否、延々嘆くのは勿体無いのである。
徳江のように、常に五感を澄ますのである。
そして、そんな自分でも今できること、そんな自分だからこそ今できることを探し、五感で確かめ、「生きる意味」の、即ち、自己肯定の足しにするのである。
持病があってこそ、持病との共存共栄を観念、悪あがきし続けてこそ、人間である。
