2016年11月14日
【経営】「食堂業の店長塾」井上恵次さん
P91
第二章 採用とトレーニングの進め方
大事なのは「人を認める力」
トレーナーとしての必要条件のうち、まず大事なのは「モデル作業者」であることだ。マニュアルに定められたすべての作業を、その通りにできる人のことだが、トレーナーはそれを教科書通りに教えていくだけでなく、「やってみせる」ことが必要である。
作業方法をマニュアル通りにやってみせるだけではいけない。大事なのは、作業をするときの表情やタイミング、お客さまや他の従業員との対話などである。それらを含めて、モデルとなる作業を身につけ、働いている後姿で教えられるのがトレーナーである。
トレーナーがトレーニーに教えたことと、トレーナーが実際にやっていることが一致していなければならない。教えられたことをトレーナーが実践し、お客さまの満足度が高まっていることとを目の当たりにしてこそ、トレーニーはトレーナーを信頼することができる。当然のことながら、トレーニングの成果もあがっていくのである。
モデル作業者であることは、トレーナーの必要条件だが、それは決して十分条件ではない。作業が完璧にできても、それだけではトレーナーは務まらないのである。
トレーニングにおいて知っておくべきことは「正しいことばかりを一方的に要求しても人は育たない」ということである。
トレーニーが全員、教えただけ確実に育っていく訳ではない。なかなか作業を覚えられなかったり、習熟が遅い人もいるのが現実だ。そういう一人ひとりの違いに合わせて、時間をかけて教えていく忍耐力がトレーナーには必要である。少しでもいいところを見つけてはほめ、やる気にさせる。つまり「人を認めてあげる力」を持っていることが、トレーナーとしての重要な条件なのだ。
これまでもたびたび紹介している、米国のコーヒーショップチェーン「シャーリーズ」では、トレーナーに必要なコミュニケーションを次のように規定している。
・あなた自身の考えではなく、企業の考えを伝えなさない
・相手の言っていることに、きちんと聞く耳を持ちなさい
あるべき論だけでなく、相手の立場や人格を認め、その理解度に合わせて成長を導いていくことの大事さを説いているのである。
トレーナーとして必要な条件をもうひとつ挙げれば、それは「高いスタンダードを持っている人」となる。作業がきちんとできるというだけではなく、それがどういうレベルでお客さまに伝わっていくべきなのか、がわかっている人のことだ。
とりわけ接客サービスにおいて、それは重要である。同じような言葉遣いや作業方法であっても、話すときの表情、声かけのタイミング、作業時の立ち居振るまいなどによって、お客さまの満足度は格段に違ってくる。そのことをよく理解して、自然と行動に移せることが大事なのだ。
そのためには、トレーナー自身が「よいサービス」を受けた経験を豊富に持っていることが必要だ。それにはトレーナー候補者にはレベルの高いサービスの店で実際に食事をさせることがもっとも効果的である。また、トレーナーになってからも継続して、よいサービスを体験する機会を持つこと。こういったことも実は、トレーナーを育てていくうえではきわめて重要なことなのである。
前項で、店長はトレーナーとコミュニケーションを密にしていくことが大事と述べた。そのミーティングは、トレーナーが部下を指導している場面を見て行うことがすべてではない。他店を視察しながらサービスの基本を確認し合ったり、その店の優れた点を素直に認め、学び、「なぜそれができるのか」について対話することも重要である。
成る程、他者の「いいところを見つけてはほめ」ているのに、「やる気にさせる」ことができないのは、「人を認めてあげる」ことができていない、もしくは、できていても表層的である、ということなのだろう。
そして、「人を認めてあげる」ことができない、もしくは、できても表層的である、というのは、パソコンで喩えれば、「Excelがよく動き、仕事が早く片付く」といった具合に、他者の、特定の便益を創出する機能、ないし、直接の技術ばかり肯定評価し、パソコンで言うWindows(基盤ソフト)に当たる基盤の技術、つまり、人間で言う人格を全く肯定評価していない、というか、そこには評価眼を向けていない、ということなのだろう。
たしかに、他者の人格を肯定評価することは生半可にはできないが、だからこそ、てきた時は「やる気にさせる」ことができるのだろう。
他者を「やる気にさせる」ことができたなら、それは自分が生半可でなく「人を認めてあげる」ことができた、あり難い返礼に違いない。
