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2016年05月20日

【経営】「インテル戦略転換/Only the Paranoid Survive」アンドリュー・S. グローブさん

P138
第六章「シグナル」か、「ノイズ」か

恐れ

難しい問題について建設的なディベートを行い、なんらかの結論を得るためには、結果を恐れずに自分の考えを自由に話せる環境が不可欠だ。

「品質管理の神様」といわれるW・エドワーズ・デミングは、企業内に存在する恐れを撲滅することを唱えた。しかし私は、この教義のもつ単純さに違和感を覚える。経営幹部の最も重要な役割は、社員が夢中になって市場で勝利するために貢献できるような環境を作ることだ。恐れという感情は、そのような情熱を生み出し、維持する上で、大変重要な役割を担っている。競争を恐れ、倒産を恐れ、誤りを恐れ、敗北を恐れること、これらはすべて強い動機になるのである。

では、どうすれば社員の心に敗北の恐怖感を培わせることができるのか。そもそも経営陣がその恐れを感じていなければ、それは無理な相談だろう。いつか、経営環境の何かが変わり、競争のルールも変わってしまうかもしれない、と経営陣が恐れていれば、社員もやがて共感するようになるものだ。そうすれば警戒心を持ち、たえずレーダーで探し続けるはずだ。その結果、誤った警報も数多く流れてくるかもしれない。戦略転換だと騒いでも、そうではないことが後で判明するようなケースも出てくるだろう。それでも、こうした警告に注意を払い、一つ一つ分析して、対策を執る方が、環境の重大な変化を見逃して、永遠に立ち直れないようなダメージを受けるよりはずっとましなのである。

働き詰めで疲れたときでも、電子メールをチェックし、問題がないかどうかを確かめずにいられないのは、私が恐れているからだ。顧客のクレーム、新製品が失敗する可能性、大事な社員が不満を抱いているという噂などを恐れているのである。毎晩、ライバルの新しい動きを報じる業界レポートに目を通し、不安を感じる記事は翌日フォローするために切り取っておくのも、私に恐れがあるからだ。「もうたくさんだ。天が落ちてくるわけじゃあるまいし」と叫んで、家に帰りたくなったときでも、カサンドラの話に耳を貸そうという気になるのは、私に恐れがあるからなのである。

簡単にいえば、恐怖は自画自賛の反対語である。成功の頂点に立っている人々はしばしば自画自賛という落とし穴に落ちる。特にこのことは、磨きに磨きをかけて、現在の環境では申し分のない技術を獲得しているような企業に多く見られる。このような企業は、環境が変わっても、なかなか適切に対応することができなかったりする。だから、敗北することの恐怖感を適度に持つことは、生き残りのための本能を磨くのに役立つといえるのかもしれない。

われわれインテルが、五章で述べたような1985年から1986年の大変な時期を経験することができたのは、ある意味で幸運だったと考えている。わが社の幹部は、負けた側の気持ちがどんなものかをまだ覚えている。そうした記憶が、衰退するときのいつ果てるともない不安感を呼び起こし、そこから脱出しようとする情熱を喚起するのに役立つのである。妙に聞こえるかもしれないが、あの1985年と1986年がまた起きるのではないかという恐怖感が、わが社の成功にとって大きな要因だったと私は確信している。

中間管理職にとっては、別の恐怖もある。悪い話を持ち込むと罰を受けるかもしれないとか、現場からの悪い報告を上司は聞きたがらないのでは、という恐れである。そういう恐れのために、自分が考えていることを伝えないようになると、その恐れは毒と化す。企業の成長にとって、これ以上に害になるものはあるまい。

あなたが経営陣の一人だとしたら、カサンドラの重要な役割を心にとめておくべきだ。彼らは、あなたの目を戦略転換点に向けさせてくれる。従って、たとえ状況がどうあれ、「メッセンジャーを撃ち殺す」ようなことはすべきではないし、他の幹部にもそうした行為をさせてはならないのだ。

この点はどれだけ強調してもしたりないほどだ。戦略に関する議論を妨げてしまう「罰への恐れ」は、何年もの間、一貫した姿勢を取り続けなければ取り除くことができない。ところが逆にそれを生むには、たった一度の出来事で十分なのだ。その出来事が、野火のごとく組織全体に広がり、そして全員が口を閉ざすことになる。

いったんそうした恐れが蔓延してしまうと、組織全体が麻痺状態に陥り、現場から悪い報告が入って来なくなる。以前、あるマーケットリサーチの専門家が私にこう嘆いた。彼女が勤める会社では、彼女と経営陣との間に何重もの層があり、せっかく事実に基づいた調査をしても経営陣まで届かないというのだ。「上の人間はこの報告を聞きたがらないと思う」というのが直属の上司たちの常套句で、そういった階層を通過するうちに、少しずつ悪いデータやポイントが削除されてしまうのだ。経営陣にとって、悪いニュースが耳に入る機会がないということだ。結果的にこの会社は、徐々に勢いをなくし、成功から一気に非常に厳しい時期を迎えたのである。外から見ると、経営陣には何が起こっているのか思い当たることさえないかのようだった。その会社は、悪い報告の扱い方を誤ったために衰退することになったと、私は確信している。

アジア太平洋地区担当の販売マネージャーや優秀な技術者が私のもとに来て、自分たちの見方を話し、警告したことを前に書いた。彼らは、二人とも長く在籍している社員で、自信もあり、インテルの社風にも馴染んでいた。また、結果を重視するタイプで、建設的に物事に直面していくことにも慣れていた。つまり、こういったことが、より良い結論、より良い解決を導くために役に立つことを知っていたのである。物事をどう動かせばよいか、あるいは動かさないほうがよいのかを知っていたのだこれはどこにも書かれていないルールだ。二人とも、ためらう気持ちを抑え、リスクとも思える行動をとった。そのうちの一人は、自分が重大な問題だと考えている情報を伝えてきた。それは正しい警告だったかもしれないし、そんなことを言うのはばかげた行動だったかもしれないし、あるいは降りかかるかもしれない影響を恐れずに心の内を伝えてもいいと思って行動したのかもしれない。もう一人はRISCアーキテクチャーに関する自分の見解を説明した。腹の中では、「おい、グローブ。悩みを解決してやるから、ちょっとおれに説明させてみろよ」と思っていたのかもしれない。

会社を興してからというもの、インテルでは知識の力を持つ者と、組織の力を持つ者の間にある壁を取り払おうと、全力で取り組んできた自分の担当地域を知る販売担当者や、最新テクノロジーに没頭しているコンピューター設計者や技術者は知識の力を持ち、一方、資源を管理して配分し直したり、予算を組んだり、あるプロジェクトに人材を配置したり異動させたりする者は組織の力を持つ。経営戦略が変わっても、どちらか一方の重要性が増すということはない。よりよい戦略的結果を会社にもたらすために、双方ともベストを尽くさなければならないのだ。理想をいえば、双方が相手からもたらされるものを尊重し、相手の知識や地位にひるんだりしない状況が望ましいのである。

このような環境は、口で言うのは易しいが、創り出し、維持することは大変である。そのために、劇的な方法や象徴的な方法が何らかの意味を持つことはない。必要なことは、知識力を持つ者と組織の力を持つ者が、両者の利益の範囲で一番よい解決法を見出すために、協力的なやり取りを活発に行いそういった社風を維持していくことなのだ。自分の仕事を追求するためにリスクを冒す者を評価することが必要なのだ。そして、その価値観が正式な経営プロセスの一環であることが必要なのだ。そして、最後の手段として、適応できない者と離れていくことが必要なのであるインテルが戦略転換点を生き延びることができたのはわが社の社風を維持することができたからである、と私は考えているのである。

「無くて七癖」という言葉がある。
この言葉が示唆していることの一つは、「人は自分の癖に無自覚で、良し悪しは別として、一旦身につくと無意識に励行する」ということだ。
たとえば、親が子に、折に触れ「寝る前に歯を磨きなさい!」と口うるさく説教するのは、「クリーンな口腔で睡眠する(→虫歯のリスクを減らす)」ための良い「癖」をつけさせ、「寝る前に歯を磨くこと!」と書いた、即ち、ルールとして明文化した、張り紙を子どもの寝床の天井に貼らずとも、彼らが自然に歯を磨きに行くよう仕向けたいからだ。

持続的に成功している人に共通することの一つは、こうした良い「癖」、即ち、明文化されていない合理的かつ(確率論的に)有効な「思考&行動習性」が確立されていることだ。
たとえば、彼らは問題を自覚すると迅速に対処するが、それは、見て見ぬふりや責任転嫁が解決のコストを上昇させるのを理解している以上に、「問題は迅速に対処するものだ」との合理的かつ有効な思考&行動習性が確立されていることが大きい。

これは企業も同じだ。
持続的に成功している企業に共通することの一つは、良い「癖」、即ち、明文化されていない合理的かつ有効な価値観、及び、それに基づく「社風」が確立されているばかりか、業務プロセスに具現され、経営者を含む全社員が無意識に励行していることだ。
企業における問題の中の問題である「戦略転換点」を乗り越え、インテルを延命させた(→持続的な成功に導いた)要因を「『知識力者と組織力者心理的かつ業務プロセス的融合』の社風とその維持」と断じたアンドリュー・S. グローブ元CEOの述懐を読み、改めて確信した。
やはり企業も人も、明文化されていない、傍からおいそれ窺い知れない「癖」が肝であり、正に「肝腎要」なのだ。



インテル戦略転換
アンドリュー・S. グローブ
七賢出版
1997-11




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