2015年09月24日
【将棋】「将棋世界2015年9月号/創造の原動力[後編]」藤井猛さん
P76
研究の比率
(前略)
【佐藤康光九段】
なるほど。(将棋の勉強時間の中で)中終盤があわせて8から9くらいですかね。プロ棋士全体の統計を取ると、それくらいが普通のような気がします。藤井さんはどうですか?
【藤井猛九段】
奨励会のときは、佐藤さんと同じような感じで、詰将棋ばかりやっていましたね。四段になってからは、うーん、そうですねえ・・・。中終盤の勉強方法って難しくて、はっきりいって知りたいぐらいですよ。僕が思うに、プロになってから「こうすればはっきり強くなる」というような勉強方法はない。強くなるためにいちばん勉強になるのは実戦ですよ。実戦をこなして対局数を増やしていけば、勝手に中終盤が強くなっていく。僕自身がそうだったし、反対に対局数が少ない時期は、思うように強くなれなかった。強くなれないと勝っていけないから、対局数も増えていかない。いわゆる悪循環ですね。だから、(今)菅井君は指しているだけでどんどん強くなっていく(笑)。やっぱり公式戦の数が大事なんだよね。プロの対局は持ち時間が長いから、1局指せばすごく勉強になる。研究会だと短かすぎて、どうしても終盤が雑になってしまう。だから、僕が終盤の勉強をするとしたら、自分の実戦を振り返るのみですね。仮に対局間隔が1週間あったとしたら、対局が終わった翌日はその将棋の終盤を振り返りますね。場合によってはもう1日ということもあるかもしれませんが、まあ大体1日だけで、終盤の勉強はそれだけです。あとの6日間は、次の対局への準備になるので、基本的に序盤の勉強をしています。詰将棋もあんまりやっていないし、序盤6の終盤1です。
【佐藤九段】
6対1の割合ということですね。
【藤井九段】
ちょっと終盤が少ないよね。でもどうやれば終盤が強くなるかわからないからしょうがない。僕は対局数を増やすしかないと考えています。
(中略)
研究会の感想戦と、本番中で「何とかしなきゃ」というのは、真剣度が全然違うしね。序盤の研究は1人でもできるけど、終盤はそうはいかないでしょう。
【菅井竜也六段】
ちなみに研究会を行うのは、中終盤のためですか?それとも序盤のためですか?実戦感覚をつかむのが目的だったり、人それぞれだとは思いますけど。
【藤井九段】
それは日によって違うかな。「調子が上がらないなあ」と感じたときは、少しでも自信を持たせるためにやっていますね。でも基本的には、経験値を上げていくためにしていますね。
【佐藤九段】
私も中終盤のために行っている意味合いのほうが強いですね。序盤も研究するけど、やっぱり人から聞いた手を指すのが好きじゃない。ある程度の結論が出るのはいいことだけど、率先してやろうとは思わないですね。それと、研究会でテーマにされる局面は、すぐに公式戦で現れたりするから、その研究で勝ち星を拾うみたいなことはないですね。感覚を継続させるためとか、進歩させるためとか、研ぎ澄ますためといったイメージのほうが強いかな。
身になった研究会
【菅井六段】
研究会で「中終盤の勉強をしよう」と思っても、クラスが上だと相手がいなくて困ったりしないのですか?
【藤井九段】
その質問は羽生さんに聞いてほしいなあ(一同笑)。確かに少し上の相手に教わるのがいいよね。僕は奨励会三段のとき、四段、五段の先生に教わったのが、すごく勉強になった。それと竜王を獲ったときに、島先生(朗九段)から研究会に誘ってもらえたのですよ。当時、僕は順位戦でB級2組だったけど、そこでA級の島、森下(卓九段)、森内(俊之九段)というメンバーと、みっちり将棋を指すことができた。みんなパンチが重いから、これがすごく勉強になる。切磋琢磨しながら、「伸びているな」という充実感がありました。
【佐藤九段】
私も終盤が強くなりたいなあ。ついこの間の藤井さんとの対局でもひどいトン死をしたしね(笑)。結局は根を詰める時間が大事になってくるのかな。常にちょっと強いトレーニング相手がいればいいけど、さすがに上のクラスにきたらそれは無理ですからね。
【藤井九段】
菅井君、やっぱり羽生さんに聞いてみてよ。羽生さんこそ、それで悩んでいるのじゃないかな(笑)。
【菅井六段】
「一人将棋」ですかね(笑)。
【藤井九段】
だから、羽生さんはタイトル戦を楽しみにしていると思いますよ。挑戦者は誰が来ても、絶対に強いわけだから、「これぞ自分を高める絶好のチャンス」と張りきっているでしょう。もしもタイトル戦に全く出なくなったら、羽生さんでも少し調子が狂うのじゃないかな。
なぜ、羽生善治さんはダントツに強いのか。
この難問の回答の一つは、勝負を真に決める終盤力の圧倒的な強さなのだろうが、その強さの源が「タイトル戦に出ずっぱり」との藤井猛九段の見立ては成る程であり、考えさせられる。
たしかに、タイトル戦は実戦の最高峰であり、タイトル保持者、挑戦者のいずれの立場で出場しようと、棋士がこの大舞台に立ち、現在最強実力者と異次元の緊張と死闘を経て授かる実力向上の果実は、研究会でのそれとは比べ物にならないのは勿論、通常の実戦でのそれより遥かに実り多いだろう。
ただ、一下手の横好きファンの私は、藤井さんの見立てからこうも考える。
「タイトル戦に出ずっぱり」で、自分が易きに流れること、ひいては、自分の意識と基準値を低位化させること、を強く抑止できるから、と。
羽生さんに限った話ではないが、結局棋士は人間だ。
機嫌の良い日もあれば、悪い日もあるだろうし、調子の良い時期があれば、不調の時期もあるだろう。
不調とは「やるべき準備、プロセスを貫徹するも、結果の出ない状態」を指すが、その時期の禁止事項の一つは、「易きに流れ(ようとす)る自分を許すこと」、もっと言えば、「『易きに流れる』人間の本性の解放を許すこと」だ。
たとえば、ダイエットを決心し、然るべき計画を粛々と実行するも結果が出ない時、絶対にやってはいけないことは、コンビニでダイエットを諦めた、もっと言えば、モテ/人生を諦めた、と思しきドーナツを頬張るデブをガン見する(笑)ことだ。
理由は簡単で、挙句、「あんな人でさえ食べているのだから、ともあれここまで頑張ってきた自分も、たまには褒美にドーナツくらい食べても良いだろう」と、易きに流れる人間の本性を解放してしまう可能性が、更には、易きに流れる自分を許してしまう可能性が、生じるからだ。
然るに、ダイエットに成功している人は、基本食いしん坊(の出現確率が高い市井の場)には近づかず、また、旧知の該当人種とは絶縁を厭わないようだが、これはビジネスマンで成功している人も同様で、彼らは低位な人には近づかず、距離を取る。
羽生さんの終盤力が圧倒的なのは、また、羽生さんがダントツに強いのは、実戦の最高の舞台にダントツに立ちっぱなしで、「易きに流れる」習性と低位の伝染を断ち、不調を最小化していることも大きいのではないか。
kimio_memo at 08:53│Comments(0)│
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