2015年01月15日
【経営】「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」カレン・フェランさん
P133
「測定可能な目標」が弊害を起こす
評価基準が存在しなければ、経営陣は社員が正しい決定をして正しく業務を行うだろうと、社員の判断力を信頼するしかなくなる。そして在庫管理者と出荷係は、在庫を増やすことや、トラックの積み荷が満載になるまで出荷を遅らせることの費用対効果のバランスを、自分たちでしっかり考えなければならなくなる。
私の経験では、サプライチェーンの業務オペレーション改善に成功したのは、いずれもクライアントの社内の関係者全員を集めて優先事項を決定し、妥協点を探ることができたケースだった。会社の最重要目標はコスト削減なのか、それとも顧客満足度の向上なのかを社員が理解することは、当然ながら役に立つ。方向性が示されれば、人はどうすべきかを自分たちで判断できるものだ。
おかしなことに、意思決定から人間の判断を取り除かれてしまうと、結果的に賢明とは言いがたい判断が下されることになる。業務オペレーション改善のポイントは、それぞれのオペレーションから人間の判断を取り除くことではなく、オペレーションを行う人間の判断力を向上させることにある(その判断力こそ、かなり向上させる必要のある場合が多い)。
評価指標についてしっかりとわきまえておくべきなのは、指標は手段であって目的ではないことだ。数値目標が悲惨な結果を招いているのは、それが会社にとって本当に重要な目標に取って代わってしまったからだ。
評価基準は管理職層が参考にすべきものであり、管理の方法になってはならない。しかし、インセンティブ制度に評価基準を絡めて懲罰的な効果を持たせると、評価指標そのものが目的になってしまうのだ。そのことを最もわかりやすく説明するために、減量の例を使おう。
「やせなければ」と切実に思ったことのある人は多いはずだ。それでは、[1]「半年で10キロやせる」という目標と、[2]「体力をつけ、心身の健康状態を改善する」という2つの目標を比べてみよう。
ビジネスでは[1]の期限と目標数値を定めた測定可能な目標を選ぶだろう。けれどもこの目標は、健康上のあらゆる問題に発展するおそれがある。目標達成のために食事制限ができたとしても、おそらくはリバウンド効果で体重は戻ってしまう。運動はどうかといえば筋肉がつくせいでかえって体重が増えるおそれがあるーー筋肉のほうが脂肪より重いからだ。5ヶ月経っても目標体重にちっとも近づいていなければ、食べる量を極端に減らしてしまうかもしれない。だがそんなことをすれば体の代謝作用が悪化し、さらに太りやすくなってしまう。さりとて激しい運動に挑戦すれば、ケガをしてしまうかもしれない。
いっぽう、[2]の「体力をつけ、心身の健康状態を改善する」という目標には、さまざまな指標を用いることができるーー体重、服のサイズ、肥満度指数(BMI)、走った距離、持ち上げたバーベルの重さなど、進歩を確認できるものはいろいろある。この目標は無茶をして健康を犠牲にしてしまったら達成できない。
ところが多くの企業は短期的な目標を達成しようとして、そのような暴挙に出てしまうのだ。しかし、[2]の目標が目指すのは、長期的なライフスタイルの変化である。この目標の何よりも素晴らしいところは、期限もなく、いつまでたっても達成できないことだ。努力はずっと継続しなければならない。終わりなどないのだ!たゆまぬ改善というのはそういうものである。
カレン・フェランさんがサプライチェーンの業務オペレーション改善に成功した時の共通因子は、御意かつ尤もだ。
そうなのだ。
大目標の達成には凡そ複数の中目標が存り、それらは互いにトレードオフ(二律背反)の関係にあるのだ。
大目標を達成するのに真に大事なのは、正確かつ合理的に[1]「大目標を設定、認識すること」と、[2]「中目標の優先順位を決定、認識すること」なのだ。
故小倉昌男社長が宅急便を開始した当時、「サービスが先、利益は後」、「車が先、荷物は後」、「社員が先、荷物は後」、「安全第一、営業第二」と社員宛英断なさったのは、[2]のベストプラクティスなのだ。
そして、リストラが総じて失敗する(=本来の意味での「事業の再構築を果たさない)のは、カレンさんの例示通りダイエットが総じて失敗するのと同様、正確かつ合理的に(=自他共に納得する)[1]「大目標を設定、認識すること」と、[2]中目標の優先順位を決定、認識すること」を仕損じているからか、そもそも試みていないから、のいずれかで、所謂「リストラ」(=人員の削減や不採算事業の撤退)や食事制限というソリューション(=目的達成の解決策)が自己目的化してしまうからだ。
リストラもダイエットも、当人は勿論、その家族も辛いものだ。
折角ダイエットに金、時間、労力を数多投下するなら、「自分はそもそもなぜ、ダイエットをするのか(しなければいけないのか)?」、「ダイエットを果たし、一番何が得たいのか?」、はたまた、本当に「モテが先、健康は後」なのか(笑)、「見栄が第一、コストは二の次」なのか?(笑)、予め自分と家族の双方で認識、納得すべきなのだ。
P279
頭を使いたくないからコンサルに決めさせる
もうずいぶん前に気づいたのだが、人間性に逆らって働くよりも、人間らしく働いたほうがずっとラクだ。さらに重要なのは、社員が人間らしく働ける会社のほうが、社員の人間性を奪うような会社よりも、成功する確率が高い。
テイラー主義では基本的に、人間を機械のように働かせ、人間性に逆らって行動させようとする。マネージャーというのは得てして自分たちの取り組みが失敗した原因を、社員が決められたとおりに動かなかったせいにするものだが、宇宙飛行やインターネットやアニメやミュージックビデオを開発した人類は、厳格なプロセスに従ったり、完全に理性に従って行動したり、会社の方針に従うために自己の尊厳を犠牲にしたりするようになどできていないのだ。
だから企業の幹部は、人によるばらつきをなくすために厳格なプロセスを従業員に押し付けたりせず、むしろ人によるばらつきを生かすための道具として、これらの手法を用いる必要がある。職場から人間性を排除するのではなく、むしろできるだけ人間性を生かす努力をすべきなのだ。
それには、ソリューションやメソッドや理論は「真理」ではなく、物事の仕組みに対するひとつの考え方にすぎないことを、ちゃんと理解しているかどうかが重要だ。洞察を深めるために他人の考えから学ぶのはいいが、なかにはまちがった考え方もあるかもしれないことは、しっかりと認識しておく必要がある。
どうしたらよいアイデアと悪いアイデアを見分けられるか?それは考えることから始まる。というより、まずは考えようとすることから始まる。
企業の経営の行き詰まりについてはコンサルタントにも大きな責任があると思うが、企業の側にも落ち度がある。多くの企業はコンサルタントを雇って、自分たちの代わりに考えてもらおうとする。企業が戦略の策定や、リストラや、合併の実現可能性の検討などをいつもコンサルタント任せにしてしまうと、あなたの会社のことを何もわかっていない人間が、あなたの会社のビジネスについて最も重要な意思決定を行っていることになる。
テイラー主義の最大の欠点のひとつは、考えることと作業を切り離してしまったことだ。その負の遺産はいまもなおビジネスの世界に受け継がれ、考えるよりもとにかく作業を完了させることを重要視する傾向がある。答えをはじき出してくれるソフトウェアのプログラムやチェックリストやスプレッドシートに頼るか、それとも頭を使って考えるかーー多くのビジネスでは頭を使わない方法を選択するのである。
本件も御意かつ尤もだ。
たしかに、企業がコンサルタントを雇った挙句経営に行き詰まる責任の一端は、コンサルタントにも在るに違いないが、コンサルタントの主張、即ち、提案を、あたかも「正解」や「神のお告げ」の如く鵜呑みにする経営者にこそ、その過半がある。
これは、「オンナにそそのかされた挙句、財産と家族を失ったオトコの悲劇は誰のせい?」と喩えると、分かり易い。(笑)
とはいえ、経営者ともあろう者がなぜ、詰まる所外部の、責任を取り切れないコンサルタントの提案を、「正解」や「神のお告げ」と受け取ってしまうのか。
たしかに、一因は、カレンさんの指摘通り「自分の頭で考えたくないから」だろう。
「羽生善治名人は一局指すと、体重が数キロ減る」というのは有名な話だ。
そうなのだ。
人間の辛苦の一つは「考えること」であり、それが証拠に肉体疲労は一晩よく食べ、よく呑み(笑)、よく寝れば凡そ解消されるが、頭脳疲労はそうはいかないのだ。
しかし、主因は他に在るのではないか。
とりわけ近年、私はそう思えてならない。
その一つは、「物事には全て『正解』が在ると考えているから」だ。
これは、日本人に多い所謂「『正解』信仰」のことだ。
元凶は受験勉強と考えられているが、物事を刹那的、表層的にばかり捉え、合理的、根源的に捉えようとしない現代人の宿命に思えてならない。
もう一つは、「説得と責任のコストとリスクを背負いたくない、逃れたいから」だ。
「経営の意思決定を行う」ということは、「他の取締役と社員に意思決定した内容を説得し、かつ、その結果責任を背負う」ということだ。
当然、そのコストとリスクは甚大だが、「クローズアップ現代」が専ら大学の先生をゲストに招いているように(笑)、「コンサルタントの○○先生が仰るには・・・」と体裁を繕えば、かなり低減できる(ように一見感じる)。
コンサル任せの経営者とその経営の本質は、権威の悪用に因る自己保身と確信犯に思えてならない。
kimio_memo at 07:31│Comments(0)│
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