2015年01月05日
【ビジネス/人生】「意思決定トレーニング」印南一路さん
P207
どこに不確実性があるのか見極めて決断する
これまでの説明を整理しましょう。線形評価を中心とする意思決定の手法は、有効でありますが、万能ではありません。有効性に陰りが出るのは、一つは意思決定の時点で長期にわたる将来評価が絡み、その確率的な計算が難しい場合です。
もう一つは意思決定をする自分自身が変化する場合で、これは評価基準の変化や問題設定自体の変更につながります。特に、就職や転職、あるいは結婚の問題など、生き方と絡む問題に対しては、その価値観を確立すること自体が課題で、それまでは自分自身が変化していきます。いずれの場合にも不確実性があるので、そのリスクを取るかどうか、どう取るかが問題になるのです。確率的な計算すら難しい不確実性があることを意識しながら、意思決定すること(あいまい状況下の意思決定ともいわれています)を「決断する」と呼んでよいでしょう。
このような決断の問題に対してどう対処したらよいでしょうか。残念ながら、アカデミックな知見はほとんどありません。ですから、以下は筆者の個人的な考えを展開することにします。
選択の問題か、決意・行動の問題か
決断の問題の延長で、最後にもう一つ考えましょう。それは選択の問題なのか、決意や行動の問題なのかというものです。ここでは恥を忍んで私自身の意思決定の話をしましょう。短期的な意思決定と決意や行動の問題の関係が分かると思うからです。
(中略)
私の意思決定はどうだったのでしょうか。短期的な意思決定に成功していないことは明らかです。大学受験も司法試験も就職先選びも失敗し、期待したことは何回も裏切られています。無駄と非効率なことばかりにも見えるのですが、これが現在の私を作っています。
(中略)
人生に大きな影響を与える進学、就職の意思決定のいずれも自分の思い通りにはなっていません。しかし、後悔はありません。
そもそも人生全体でみた場合に、成功する就職先選びとはどういうものなのでしょうか。長期的な企業の安定性を考えるのは難しいと書きましたが、そもそもそれに意味があるのでしょうか。その時点その時点で最善の意思決定を行う努力をするべきですが、いったん決めたら、その後何をし、どういう行動をとるかの方がずっと重要です。「あの時ああしていれば、よかったのに」と後悔することにどれほどの意味があるのでしょうか。結局、時は巻き戻せないですし、「あの時ああした自分」は実際にはいないので、比較すらできないからです。
正直、著者のこの開き直りとも取れる(笑)結論には肩透かしを覚えたが、やはり、アカデミックの専門家をしてもこう結論づけるしかないということは、これが意思決定の真実であり、限界であり、極意であるのだろう。
そう、正しく、後悔の無い意思決定するには、当時「オプションを正しく(≒全体最適的、及び、適度に合理的に)選択すること」以上に、その後「選択したオプションを正しくし続ける努力をすること」が遥かに重要であり、また、欠かせないのだ。
なぜか。
主因は二つあり、一つは、後者の「努力」が、選択したオプションを真に正しく具現化するからだろう。
そして、もう一つは、後者の「努力」の自覚が、時に降って湧いてくる意思決定の懐疑や後悔を払拭するからだろう。
実際、夫婦の多くが結婚後ラブラブの真逆を行っている(笑)のは、選択した配偶者を敬愛し続ける努力を怠っていることが大きい。
それを知ってか、友人のTさんは毎日奥さまを「ギュッ!」と強く抱きしめており、まもなく結婚30年周年を迎えるというのに、依然ラブラブの話題ばかり私にのたまう。(笑)
やはり、釣った魚には餌をあげなければいけないし、あげることで魚は予想通り、否、予想以上に美味しくなるのだ。(笑)
kimio_memo at 06:13│Comments(0)│
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