2014年08月13日
【洋画】「メリンダとメリンダ/Melinda and Melinda」(2004)
[ひと言感想]
悲劇版と喜劇版を一人二役で演じたラダ・ミチェルさんの別人の人相に、人生を悲劇にするも喜劇にするも、「親からの貰い物」以上に「本人の意志」が決めるのだと、改めて気づかされました。
私たちは、顔の造作には責任を持つ必要がありませんが(笑)、人相には責任を持つ必要があります。
悲劇版と喜劇版を一人二役で演じたラダ・ミチェルさんの別人の人相に、人生を悲劇にするも喜劇にするも、「親からの貰い物」以上に「本人の意志」が決めるのだと、改めて気づかされました。
私たちは、顔の造作には責任を持つ必要がありませんが(笑)、人相には責任を持つ必要があります。
【劇作家A】
人生の本質は喜劇ではなく悲劇だ。
人間の存在そのものが、本質的に笑えない。
【劇作家B】
哲学者は人生を滑稽だと言う。
最後は笑うしかない(からだ)。
人間の夢は不条理で、馬鹿げてる。
我々の存在事実が悲劇だとしたら、僕の脚本の方が売れるさ。
人びとの魂に、より深く届く訳だろ。
【劇作家A】
悲劇は人生の痛ましさを思い起こさせるから、客は私の喜劇に逃避する。
悲劇は「直面」で、喜劇は「逃避」なんだ。
【劇作家C】
馬鹿げた議論だわ。
深いのは喜劇か悲劇か?
そんなの決められない。
【劇作家B】
この話を聞いて、喜劇か悲劇か決めろ。
(中略)
【劇作家C】
(結局、人生が喜劇か悲劇かは)主観の問題ね。
同じ出だしを聞いたのに、あたなは悲劇にしたわ。
「恋に弱い女は破滅する」。
それがあなた(=劇作家A)の人生観。
一方、あなた(=劇作家B)は喜劇仕立てのロマンスに変えたわ。
違う人生観ね。
どっちが本質に近いか、明確にできないわ。
kimio_memo at 07:16│Comments(0)│
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