2014年08月11日
【経営/人生訓】「成功体験はいらない」辻野晃一郎さん
P174
3.「演繹的」に考える
「日本をサッカー強国にする」と決意した瞬間、すべてが動き出した
(前略)
そんなサッカー後進国であった日本は、なぜこれほどまでに強くなれたのだろうか。
それは、「二十年後、三十年後に日本をサッカー強国にする」と、当時、誰かが決意したからにほかならない。
「演繹的に考える」とは、将来のあるべき姿を思い描き、そこから逆算して、いますべきことを決めることだ、と(先に)述べた。
二十年前、Jリーグの初代チェアマンに就任した川淵三郎氏を中心とした人たちが、「日本をサッカー強国にする」と決意した。そして、その瞬間から、十年後、二十年後を見据えた取り組みをスタートさせた。
まず、Jリーグを組織化し、その下にも、ユースチームやジュニアユースチームをつくり、年少時から才能ある選手を発掘して育成するシステムを整えた。最近、海外で活躍する若い選手が増えたのは、こうした育成システムが機能して人材が育ったからこそだろう。
また、トルシエ氏やオシム氏、ザッケローニ氏といった豊富な指導経験をもつ監督を海外から招き、世界レベルの戦略や戦術をチームに根づかせると共に、国際試合の数を増やしていった。その結果、アジア予選すら勝ち抜けなかった日本代表は、ワールドカップ常勝国へと成長した。
地域密着型のJリーグは、あらゆる地域の人がサッカーに関心をもつ土台をつくりあげた。その結果、日本全国にJリーグ入りを目指すチームが続々と誕生し、サッカーの裾野は驚くほど広がった。
これらはすべて、川淵氏たちの演繹思考から始まっている。それがなければ、おそらく日本のサッカーの実力は二十年前とさして変わることはなかっただろう。
(以下省略)
帰納的では先を予測できない
ちなみに、「演繹的」の反対が「帰納的」である。ここでは、「演繹的」ということを、「遠くの到達点を見据え、そこからさかのぼっていまの行動を決めるスタイル」と定義し、「帰納的」ということを、「目の前のことをこなしていき、その積み上げとしてある場所に到達するスタイル」と定義しておく。
帰納的なスタイルをどちらかといえば行き当たりばったり、その日暮らし的とすると、サッカー日本代表に名を連ねるようなメンバーのなかに、「気がついたらなんとなくサッカーがうまくなっていて、いつの間にか日本代表に選ばれていた」などという選手はおそらく誰もいないだろう。
ACミランに移籍した本田圭佑選手などは、小学校の作文で将来は世界的な選手になると宣言していて話題になっていたが、遠くのゴールを具体的に見据えて、それに向けて顕在的、潜在的に努力し行動を続けることが大きなゴールを引き寄せる。
地道にコツコツとまじめに物事を積み上げていくタイプの日本人は、帰納的なスタイルのほうが得意で、演繹的なスタイルはあまり得意ではないのかもしれない。だが、これから世界で活躍するためには、演繹的なスタイルをもっと意識したほうがいいだろう。
辻野晃一郎さんのお考えは尤もだが、本当になぜ、日本人は演繹的な思考態度が不得手、或いは、習性として乏しいのか。
近因の一つは、日本の、現状の肯定と維持を是とする環境文化だろう。
演繹的な思考態度は、現状の否定と変革の発露だ。
土井雪広さんが指摘するように、日本は既存の理想を100点満点と決め付け、その踏襲を後進に強いる環境文化があるなど、現状の否定と変革に否定的で、いかにその必然性が公明になろうと、その具体や輩を棚上げ、ないし、ウヤムヤにし、社会的に抹殺してしまう嫌いがある。
ではなぜ、本田圭佑選手は小学校時分、世界的なサッカー選手に成る旨、演繹的な思考態度を露にできたのか。
本田少年を最も後押ししたのは、怒りと自信だろう。
「所詮、好きなだけではサッカー選手には成れないし、食えないので、ひとまず大学まで行っとけ」とのツマラナイ大人の説教や、「所詮、日本はサッカー後進国でしかない(→先進国/強国になど成れやしない)」、「当分、そんな日本から世界に通用する選手など出てきやしない」といった国内外の自虐的かつ屈辱的なコンセンサスに対する怒りと、「オレなら絶対変えられる!」との自信が、本田少年に鉛筆を強く走らせたのだろう。
本来、こうした「根拠の無い」自信と怒りは、イノベーターの格好の資質であり、かつ、特権だ。
特権を特権と理解せずとも、また、あり難がらずとも物心共々ソコソコ生きられてしまう豊かさこそ、日本人が演繹的な思考態度と依然距離を置く元凶かもしれない。
kimio_memo at 07:20│Comments(0)│
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