2014年08月06日
【邦画】「善魔」(1951)
[ひと言感想]
人生も色々あれば、恋愛も色々あります。
伊都子に対する中沼の恋愛は征服欲です。
三香子に対する三國の恋愛は自己満足です。
かくして恋愛が凡そ綺麗事で済まないように、世事も凡そ善悪入り乱れていて然るべきです。
人は、絶えず善悪の狭間で揺れ動く、一介の矛盾物に過ぎません。
人生も色々あれば、恋愛も色々あります。
伊都子に対する中沼の恋愛は征服欲です。
三香子に対する三國の恋愛は自己満足です。
かくして恋愛が凡そ綺麗事で済まないように、世事も凡そ善悪入り乱れていて然るべきです。
人は、絶えず善悪の狭間で揺れ動く、一介の矛盾物に過ぎません。
【中沼(演:森雅之さん)】
僕はね、昔から正義派って言われることが嫌いでね。
多少露悪的な所を自分の信条だと思っているのだが、つまりそれは、僕が意気地無しっていうことなんだよ。
【三國(演;三國連太郎さん)】
わからんです、僕には。
【中沼】
だって、そうじゃないか。
僕は成る程、正しいと思う自説は曲げないよ。
しかし、不正とか悪とかを憎むだけじゃ、何にもなりゃせんよ。
それだけじゃ、この社会はどうにもなりゃしないよ。
【三國】
それは、僕にも当てはまる言葉じゃないでしょうか。
【中沼】
そうさ。
君だって、単なる善意の人にしか過ぎんよ・
早い話がだ、君一人の力で、一人の悪党をこの世の中から抹殺し得る自信があるかね?
【三國】
一対一じゃ難しいでしょ。
【中沼】
それ見給え。
僕は昔、学生時代に、ある坊さんから聞いた話を、近頃になってふっと思い出したんだが、その坊さんの曰くだ、この世の中で、善はなぜに悪に立ち打ちができんか。
彼は、それを神仏の本生(ほんせい)と深い関係があると言う。
彼に従えば、人間の善性は元々自らを守ることが精一杯で、進んで悪に戦いを挑み、その喉笛を締めるようなことはしない。
だから、この社会を幾分でも救うためには、人間の真性(しんせい)、ないし、善性にだね、一つの新しい性格を与えなければならない。
つまり・・・つまり、悪がその本来の姿の中に持っているようなしぶとさ、たくらみ、寡黙さを必要とする。
これを魔性と言うなら、その魔性こそ、善を悪との戦いに駆り立てて、現実的な勝敗を決せしめる要素だと言うんだ。
魔性の善、即ち、善魔なる人間性を仮定することは、たしかに、坊さんらしくて、僕は面白いと思うね。
【三國】
どうも部長、今晩ヘンですよ。
いつもと変わってますよ。
【中沼】
君こそ、変わってるよ。
三香子(演:桂木洋子さん)という娘の名が出る度に、さっきから君の目は妙に光る。
19(才)だと言ったね。
【三國】
ええ。
【中沼】
そんなにいい娘(こ)かい?
【三國】
何て言うんでしょうか。
僕の失いかけているものを、まだハッキリ持ってるんです。
【中沼】
よし給え、自分でそんなことを言うのは。
じゃあ、君に残っているものは一体何だね。
【三國】
・・・。
【中沼】
リアリストに成るって言うことは、そんな生易しいことじゃないよ。
●
【三國】
(死の床に伏している三香子に語りかける)
生命力というものの神秘だけを、僕たちは信じなきゃ。
僕だって、そりゃ、明日のことは分からない。
希望があるだけだ。
希望は意志なんだ。
生きようという意志だけがお互いを幸福にするんだもの、それ以外のことは問題じゃない。
僕を不幸にする権利なんて、三香子さんだって、ありゃしないよ。
●
【中沼】
僕たちは物事を考え過ぎ、意味に意味を付け過ぎますよ。
「こうしたい」。
「こうせずにはいられない」。
それでいいじゃありませんか?
【伊都子(演:淡島千景さん)】
結果がどんな惨めなことになっても?
【中沼】
いや、結果が惨めになるのは、むしろ何かに怯える結果ですよ。
何かをすることよりも、何かをしないことの方が安全だっていう心配こそ、一番人間を惨めにするんじゃありませんか?
【伊都子】
それはそうね。
kimio_memo at 06:05│Comments(0)│
│映画
![善魔 [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/41NS3wnivnL._SL160_.jpg)