【洋画】「エリザベスタウン/Elizabethtown」(2005)【第55期王位戦第三局】木村挑戦者、羽生王位の「怪しい」攻めを切らせ切れず、持将棋引き分けに

2014年08月06日

【邦画】「善魔」(1951)

[ひと言感想]
人生も色々あれば、恋愛も色々あります。
伊都子に対する中沼の恋愛は征服欲です。
三香子に対する三國の恋愛は自己満足です。
かくして恋愛が凡そ綺麗事で済まないように、世事も凡そ善悪入り乱れていて然るべきです。
人は、絶えず善悪の狭間で揺れ動く、一介の矛盾物に過ぎません。


善魔 [DVD]
出演:森雅之、淡島千景、桂木洋子、三國連太郎、笠智衆
監督:木下恵介 
松竹
2013-12-05




【中沼(演:森雅之さん)】
僕はね、昔から正義派って言われることが嫌いでね。
多少露悪的な所を自分の信条だと思っているのだが、つまりそれは、僕が意気地無しっていうことなんだよ。

【三國(演;三國連太郎さん)】
わからんです、僕には。

【中沼】
だって、そうじゃないか。
僕は成る程、正しいと思う自説は曲げないよ。
しかし、不正とか悪とかを憎むだけじゃ、何にもなりゃせんよ。
それだけじゃ、この社会はどうにもなりゃしないよ。

【三國】
それは、僕にも当てはまる言葉じゃないでしょうか。

【中沼】
そうさ。
君だって、単なる善意の人にしか過ぎんよ・
早い話がだ、君一人の力で、一人の悪党をこの世の中から抹殺し得る自信があるかね?

【三國】
一対一じゃ難しいでしょ。

【中沼】
それ見給え。
僕は昔、学生時代に、ある坊さんから聞いた話を、近頃になってふっと思い出したんだが、その坊さんの曰くだ、この世の中で、善はなぜに悪に立ち打ちができんか。
彼は、それを神仏の本生(ほんせい)と深い関係があると言う。
彼に従えば、人間の善性は元々自らを守ることが精一杯で、進んで悪に戦いを挑み、その喉笛を締めるようなことはしない
だから、この社会を幾分でも救うためには、人間の真性(しんせい)、ないし、善性にだね、一つの新しい性格を与えなければならない。
つまり・・・つまり、悪がその本来の姿の中に持っているようなしぶとさ、たくらみ、寡黙さを必要とする。
これを魔性と言うなら、その魔性こそ、善を悪との戦いに駆り立てて、現実的な勝敗を決せしめる要素だと言うんだ。
魔性の善、即ち、善魔なる人間性を仮定することは、たしかに、坊さんらしくて、僕は面白いと思うね。

【三國】
どうも部長、今晩ヘンですよ。
いつもと変わってますよ。

【中沼】
君こそ、変わってるよ。
三香子(演:桂木洋子さん)という娘の名が出る度に、さっきから君の目は妙に光る。
19(才)だと言ったね。

【三國】
ええ。

【中沼】
そんなにいい娘(こ)かい?

【三國】
何て言うんでしょうか。
僕の失いかけているものを、まだハッキリ持ってるんです。

【中沼】
よし給え、自分でそんなことを言うのは。
じゃあ、君に残っているものは一体何だね。

【三國】
・・・。

【中沼】
リアリストに成るって言うことは、そんな生易しいことじゃないよ。



【三國】
(死の床に伏している三香子に語りかける)
生命力というものの神秘だけを、僕たちは信じなきゃ。
僕だって、そりゃ、明日のことは分からない。
希望があるだけだ。
希望は意志なんだ
生きようという意志だけがお互いを幸福にするんだもの、それ以外のことは問題じゃない。
僕を不幸にする権利なんて、三香子さんだって、ありゃしないよ。



【中沼】
僕たちは物事を考え過ぎ、意味に意味を付け過ぎますよ。
「こうしたい」。
「こうせずにはいられない」。
それでいいじゃありませんか?

【伊都子(演:淡島千景さん)】
結果がどんな惨めなことになっても?

【中沼】
いや、結果が惨めになるのは、むしろ何かに怯える結果ですよ。
何かをすることよりも、何かをしないことの方が安全だっていう心配こそ、一番人間を惨めにするんじゃありませんか?

【伊都子】
それはそうね。


kimio_memo at 06:05│Comments(0) 映画 

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