【経営】「ネット・プロモーター経営」フレッド・ライクヘルドさん【邦画】「切腹」(1962)

2014年06月25日

【起業/経営/人物伝】「ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り」ニック・ビルトンさん

P343
ジャック(・ドーシー/@jack)の陰謀だったと気づいて、あたりを見まわした(エバン・”)エブ(”・ウィリアムズ/@ev)は、二年前の家のリビングで歩きまわったときのことを思い出した。毛足の長いラグや硬木の床に足をこすりつけるようにして、フレッドやビジャンと、ジャックを解雇したあとのことを話し合った。

エブは、一所懸命働いたことに対する残念賞として、ジャックを活動しない会長に据えることに同意した。あたえる必要がなかった賞だった。法律的にも、企業の義務としても、必要ない。ただ道義上そうした。

その後、ジャックを取締役からはずそうと考えたことが、何度なくあった。ジャックは映画取材会見なみにマスコミを利用した。エブに追い出されたのだと、IT業界でいい触らした。ツイッターでの経歴を”発明者”と書き換えた。プロダクトについて、ふたりは根本的に意見が合わなかった。だが、かつての友人で、いまは第一の敵となったジャックを排除しようと思ったことが、何度かあったにもかかわらず、そのたびに紛争を避けようと判断した。そういう慈悲深い行為が、エブの命取りになった。

ジャックとエブは、会議室でしばし見つめ合った。その瞬間、いまのツイッターをつくった根源は、自分たちふたりだったのだと悟った。ふたりのまったく異なる世界観が、完璧な均衡をもたらしたのだ。自分について語りたいという強い気持ち(What are you doing ?)と、自分の周囲で起きていることについて人々に語りたいという強い気持ち(What’s happening ?)。

ふたつとも、いっぽうがなければ存在しなかった。その均衡あるいは拮抗が、ツイッターを創った。大物の企業家と10代の若者が使い、セレブと無名の人間が使い、政府高官と革命勢力が使う、ジャックとエブのように、根本的に異なる世界観を持つ人々が、たがいに話し合える場所、それがツイッターなのだ

「競争の激化が増す一方の今、企業が生き残るには(破壊的)イノベーションが不可欠」と叫ばれるようになり久しいが、イノベーションを実現している企業はとりわけ日本では殆ど伝え聞こえない。
なぜか。
主因の一つによく「人材の多様性の無さ」が挙げられるが、それは、あながち間違いではないものの、ストライクではないだろう。
なぜなら、中途(キャリア)採用が一般化するなど、企業における人材の多様性そのものは向上しているに違いないからだ。
では、ストライクは何か。

著者のニック・ビルトンさんは、twitterを生んだ根源を、ジャックとエブという異なる生みの親の世界観の拮抗の苛烈さ、そして、その果ての妥協と(しての)均衡(→調和)の妙と説いている。
たしかに、イノベーションは人為の帰趨であるからして、その源泉は生みの親の世界観、即ち、独自の価値観と哲学であり、それが異次元のものと苛烈に拮抗し、研ぎ澄まされればされるほど、洗練されればされるほど、成果物である製品の価値は一層独特かつ豊穣に成る。
こう考えると、twitterが、facebookやgoogle+とは異なり、tsudaるbotなどの多様な利用法とそれに因る多様な空気(⇔「ムラ」意識や同調圧力が充満した空気)を許容し、政治家からニート(笑)まで世界観の異なる多様なユーザーを魅了して止まないのも合点できる。
ストライクは、「『異なる世界観の拮抗の苛烈さ』の無さ」、もっと簡単に言えば、「『多様な人材の本音のぶつかり合い』の無さ」ではないか。



ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り
著者:ニック・ビルトン
翻訳:伏見威蕃 
日本経済新聞出版社
2014-04-24

 




kimio_memo at 07:20│Comments(0)TrackBack(0) 書籍 

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