【邦画】「Life 天国で君に逢えたら」(2007)【将棋】〔日経情報ストラテジー2011年12月号/将棋棋士・渡辺明竜王が語る逆境下の勝負術 急がば「守れ」〕渡辺明さん

2013年12月05日

【シンポジウム/セッション】「なぜプログラミングが必要なのか?/プログラミングの重要性」まつもとゆきひろさん、古川享さん

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【まつもとゆきひろさん】
コンピュータは自分が教えた通りに動く。
私は、初めてプログラムを書き、コンピュータを動かした時、ペットと同じ様な感覚を覚えた。
この感覚は、ラジコンを動かした時のそれとは違う。

(中略)

現代社会はコンピュータで動いている。
コンピュータはソフトがなければ、つまり、誰かがプログラムを書かなければ、動かない。
これは、逆説的に言えば、自分でプログラムを書かない人は、誰かが作ったソフトを使っている「ユーザー」ということだが、同時に、誰かが書いたプログラム、誰かのデザインを単になぞっているだけ、ということだ。

まつもとゆきひろささんのこのお話の前に、同時登壇で隣席の古川享さんが自己紹介くださったのだが、その中で古川さんは改めて、「未来は予測するものではなく、自らの手で創るもの」とのアラン・ケイの言葉を引用なさった。

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要するに、まつもとさんも古川さんも、「未来は自らの手で創るものであるからして、現代社会人足るもの、誰かのデザインの一方的なユーザーではなく、自らもデザイナーでなければいけない」、という訳だ。
両者のお考えは全くもって御意だが、私は、まつもとさんのこのお話を聞き、これこそがプログラマーとしてだけでなく、プロフェッショナルの矜持とモチベーションの根本だと確信した。
そう、自分がデザインした人生を生きてこそ、人生なのだ。
誰かのデザインをなぞるだけでは、人生は余りに受身で詰まらない。


【古川享さん】
私のキャリアはプログラムを書くことから始まった。
私は、それに必要な能力、そして、その喜びと悲しみも相応に理解していったが、27才頃、若く、才能あるプログラマの書いたプログラムが読めなくなった。
その一人は、あの中島聡さんだった。
私は、プログラムを書くことをやめ、彼のワークの環境整備と報酬に億単位で努めた
自分の能力の限界を知った人間ほど、他者の才能とその成果物に正当な評価と報酬を実行できるし、環境を整備して更なる飛躍を後押しできる。

成る程だ。
そもそも、経営者が他者と協働するのは、自分にはできないことを果たす為だ。
ついては、他者は自分よりも優れた、ないし、自分には無い才能の持ち主であって然るべきであり、それには予め自分の能力の限界を見極めておく必要がある。
経営者としてのあるべき他者評価の視座は、「上から」ではなく「下から」であって然るべきなのかもしれない。


【古川さん】
かつて、ビル・ゲイツにプログラムを書き始めた切っ掛けを訊いたことがある。
彼は、「母親を助けたかった。色々な仕事で忙しくしている母親を助けることができる、そんなプログラムが書きたかった」、と答えた。
プログラマは、自分のためだけにプログラムを書くべきではない。
他者のニーズを知り、それに応えるために書くべきだ。
そうして書いたプログラムをチューニングしていくこと、これこそ有意義であり、プログラマ冥利だ。

考えさせられるエピソード、お考えだ。
何をするであれ、人間のモチベーションと報酬の始まりと終わりは、「”その”人に喜ばれ、そして、褒められること」なのかもしれない。


【まつもとさん】
プログラムを書くことは、単にコンピュータに命令を与えるだけでなく、自分の思考を整理する、明確にする方法でもある。
自分のデスクにテディベアを置いているプログラマがよく居る(笑)のは、行き詰った時、テディベアに向かって一方的に、自分の曖昧な思考を吐露するためだ。
彼らはそうすることで、自分の思考を客観視し、明確にしている。

私はプログラマではないが、まつもとさんのお考えは強く同意、共感する。
仕事が自己実現の最有効ツールなのは、かくして自分の思考、即ち、主義主張やアインデンティティを明確にし、社会で具現できるからだ。


【古川さん】
私は、マイクロソフトの社長をしていた時分、部下からレポートを求めることはなかった。
当時私は、決して自分の部屋に篭らず、絶えずフロアをまわっていたため、その必要が無かった。
スタッフのワークを直接見て、よく「すごいね、よくこんなの思いついたね」と褒めちぎっていた。
彼らのモチベーションは高まり、「そろそろ退社して家に帰ろうと思っていたのに、シャブを打たれてしまった(笑)」と言い、笑顔で徹夜しているスタッフも居た。
スタッフの思考、アイデアをタイムリーかつ肌で理解し、それを褒めることは、マネジメントで非常に効果的かつ重要だ。

自分の話を、目と目を合わせて最後まで聞き、速やかに咀嚼し、誤解の有無を問う人が嫌な人は、皆無だ。
相手の思考、アイデアを、相手のフィールド、目線で、正確に理解しようと努めること。
これほど、相手を認め、相手をソノ気にさせるコミュニケーションは、公私共に無い。


【古川さん】
マイクロソフトの社長をしていた時分、ジャストシステムと仕事をすることになったのだが、その切っ掛けは用事の電話を切る間際、「将来、何かで仕事をご一緒できたらいいですね」と浮川和宣社長とコミットしてしまったことだ。(笑)
浮川社長は早速翌週、「『将来、仕事を一緒にできたらいいね』と言ったじゃないか!」と、徳島からやってきた。(笑)
相手のニーズ、チャンスの把握、獲得を試みるコミュニケーションは、事業の推進に効果的かつ重要だ。

完全同意だ。
公私共に、”その”人に本当に寄り添い、”その”人と本当に付き合いたければ、”その”人のニーズに絶えず敏感になり、かつ、チャンスを渇望している意を隙あらば言語化することだ。


【まつもとさん】
私は、現在政府のIT系の役職に就いている為、「日本人プログラマをもっと増やそう!」という題目によく邂逅する。
しかし、「プログラマが足りないから増やそう!」というのは、「奴隷が足りないから増やそう!」というのと同様の発想で、貧困かつ筋違いに感じる。
「こっちをいかにしてやらせるか?」ではなく、「こっちは楽しいから是非やろうよ!」という発想の方が、余程有効かつあるべきではないか。

これまた完全同意だ。
人をソノ気にさせる基本姿勢は、北風ではなく太陽だ。


【古川さん】
人間が生きる上で何より重要なのは、成長すること。
「自分は正しく、相手は間違っている」と思考、行動してしまうと、話は終わり、成長は止まってしまう。
若い人は、そんな軽薄な二元論に拘泥せず、 自分を活かせる技術、自分を認知、受容してくれる人、企業、パートナー、チャンスを積極的に見つけることだ。

古川さんのこのお考えは完全同意以外無いが、このお考えは若い人に限らないだろう。
自分の矮小ないし刹那的な体面、矜持に拘泥し過ぎる余り、本来なら成長して得られたはずの強大ないし持続的なそれらを得損なうことは、老若男女少なくない。



★2013年12月2日催行
http://www.lab-kadokawa.com/4933
※上記内容は全て意訳


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