【邦画】「しゃべれども しゃべれども」(2007)【邦画】「警察日記」(1955)

2013年06月17日

【BSTBS】「グリーンの教え」脇阪寿一さん

【石川次郎さん】
やっぱり、そんなにやっぱり勝負事が好きなんですか。

【脇阪寿一さん】
好きかもしれないですね。
「勝負事をしながら相手を見る」のが好きかもしれませんね。

【石川さん】
成る程。
勝負を通じて、ね。

【脇阪さん】
はい。
「勝った、負けた」には、時の運であるとか、色んな要素があるんですけど、「勝つ可能性を上げる努力」であるとか、「負ける可能性を下げる準備」をどれだけ彼らが、僕ができているかっていう所でお互いのレベルを見合いている所があって、それはもう間違いなく、僕の一般の、普通の生活の時にも役立ちますし、何よりもレースの苦しい時であるとか、そういう時の所謂メンタルトレーニングになるのがゴルフなんですね。

勝負事が過酷なのは周知だが、それはなぜか。
一つは、公平と無縁で、容赦無いからだ。
そもそも人間の資質が十人十色であるからして、同条件での勝負事はあり得ず、その進捗は正に容赦無い。

とは言え、勝負事から逃げ過ぎると、自分の本領を発揮できなくなるばかりか、折角の人生を棒に振る怖れがある。
なぜなら、私たち人間が、勝負事以上に自我(存在意義)とその成長を実感できる機会は、そう無いからだ。
将棋の島朗九段によれば、佐藤康光九段は「将棋に負けることが、誰に言われるよりも何より自分が叱られている気がする」(※「島研ノート/心の鍛え方」P61)と仰っている。
私たちは、然るべき勝負事には真摯に向き合うべきだ。

島研ノート 心の鍛え方
島 朗
講談社
2013-03-29


では、私たちは、然るべき勝負事といかに向き合うべきか。
よく史上最強棋士の羽生善治さんは「プロセスを楽しむこと」を挙げられるが、脇阪寿一さんが仰った「勝利に対する相手と自分の最善努力と気概を品定めすること」はその有意な派生であることに加え、なぜプロフェッショナルにはライバルだけでなく戦友も必ず居るのかを説明しており、大いに頷ける。
プロフェッショナルは、勝負事と折り合いをつける達人に違いない。



★2013年6月16日放送分
http://www.bs-tbs.co.jp/green/bn165.html



kimio_memo at 07:36│Comments(0) テレビ 

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