2013年10月16日
【野球】「執着心」野村克也さん
P3
1990年にヤクルトの監督に就任するにあたり、私は「ID野球」というスローガンを打ち出した「Important Data(データ重視)」--すなわち、「この投手はカウントが3-1になるとカーブでストライクをとってくる傾向がある」といった情報を収集し、実戦で活用する野球である。幸いなことに現在この言葉は野球ファンの間に広く浸透しているようだが、なかには「感情を排した機械的な野球」というイメージをもたれている方もいらっしゃるかもしれない。
しかしそれは全くの誤解である。ID野球の前提になるもの、それは勝利への執着心である。妥協な く勝利を追及することが、データ重視や、個人本位のプレーを控えてチームのために尽くす姿勢を生む。特に、戦力で劣るチームが強者と戦って勝つためには、 この執着心が絶対に欠かせない。
野球に限らず、勝負事の方法論、即ち、「勝負哲学」は世の中に数多存在するが、首をかしげてしまうモノが少なくない。
その手のモノの共通項の一つは、「ゴールが不明なこと」と「方法論とゴールの結び付きが弱いこと」だ。
イチローの特異なバッティングフォームは、「出塁すること」という小ゴール、並びに、「チームの勝利に貢献すること」という大ゴールに対する強靭な執着心から帰納的に生み出されたものであり、然るに、イチローにとってのみ最有力な訳だ。
ともあれ、「ID野球」とは、「感情を排した機械的な野球」の真逆の、「監督以下全選手の心理変化を絶えず読み解く、チームの勝利に対する執着心を大前提にした野球」に違いない。
P196
巨人、再びデータ不足暴露
1976年10月25日 日本シリーズ第2戦(阪急VS巨人)
この日の山口は不調だった。巨人は八回一死後、高田、張本の四球を足場に1点を返した。四球を手がかりにつぶす。これは山口攻略の一つのパターンだ。巨人は それを見つけておきながら、九回先頭の矢沢が2球目を簡単に打った。こんなことはV9時代にはなかった。あのころはもっと粘りがあった。粘りとは、いかにして次の打者につなぐかということだ。いまの巨人にはそれができない。
成る程、チームプレーにおける「粘り」とは、「好機を絶やさない」ということか。
チームの勝利は、プレイヤーの粘りが連鎖した賜物に違いない。
P215
井本対策のデータが活かせなかった広島
1979年 日本シリーズ第1戦(広島VS近鉄)
とくに五回以降のバッティングには首脳陣の責任もある。日本シリーズは互いに手の内の読み合いだ。早く読んで決断を下すことが大事である。「どうすれば、井本攻略ができるか」を考えれば、先述した結論を実行に移さねばなるまい。スコアラーが傾向を察知し、打撃コーチが攻略法を出す、そして監督が決断を下す。 広島はそれができていなかった。
苦しんでいるときに指示を与えられれば、打者は迷いを捨てられる。逆手をとられて失敗しても責任は指示を与えた側にあり、選手は非常に気持ちがラクになるものなのだ。そういうことをやるのがデータの威力である。苦しいときほど生きてこなければウソで、情報では優位といわれた広島だが、その処理のしかたに一考が必要である。
勝負事は詰る所博打だが、安定的に、或いは、持続的に勝利するには、確率論に則るのが賢明だ。
確率論という合理に則れば、決断がイチかバチかではなく、自信を持ってできるし、結果も均せば最悪に成り難い。
合理の最大のメリットは、人を暗中模索と最悪事態から解放することだ。
P245
伊藤、福間が防げた本塁打
1985年10月30日 日本シリーズ第4戦(西武VS阪神)
この時、土井コーチがマウンドの伊藤のところへ行っている。この場合の仕事は〔1〕勝負するかどうかベンチの意思を伝える〔2〕くさいところをついて、カウントが悪くなければ歩かせろという指示をする〔3〕配球の指示の確認ーーこの3つである。土井コーチは、外角一辺倒で攻めろと言ったという。〔3〕だ。 (〔2〕はできるだけ避けた方がよい)。
ところが、よく考えてもらいたい。伊藤のコントロールの能力からいって、外角一辺倒という指示に応えてくれる技術を持っているかどうかだ。答えは「ノー」である。結果は外角をねらい、それがコントロール・ミスで、真ん中に入ったスライダーを打たれてしまった。
ここでは〔1〕の判断をすべきであった。
選手の能力に合わないベンチの指示ミスは西岡のホームランのところでも出ていた。吉田監督はマウンドの福間に、勝負しろ、と言ったという。福間はその前の八回、無死満塁という大ピンチに登板。ものの見事に無失点に抑える素晴らしいピッチングを披露している。調子に乗るなと言う方が無理なほど乗っていた。そこへ、勝負の指示。つまり〔1〕の選択である。これではよけい乗ってしまう。ここでは〔2〕、〔3〕の指示だ。福間ならこれは可能。調子に乗り過ぎた福間は自信のあるカーブをこれでもかと投げ込み、決勝の2ランをくらった。
大胆さは必要だが、ここは慎重さが最も要求されるところ。大事な場面では、繊細、かつ大胆さを、と言われるゆえんである。吉田監督が慎重さを忘れていなかったら福間への指示ミス以前、広橋が代打に出たところで中西を投入し ていただろう。吉田監督までも福間同様、調子に乗り過ぎていた。そのため、技術ばかりを選手に要求、本当の目的を見失っていた。技術というのものは、いくら高度であっても、しょせん目的の下である。
要するに、相手に闇雲に高度な技術を指示、要求するのは、相手に成功をもたらさないばかりか、大ゴールであるチームの勝利を遠ざける、ということだろう。
技術の指示、要求は、相手の能力レベルに依存して然るべきだ。
P257
失投が出る3つの原因
1987年10月26日 日本シリーズ第2戦(巨人VS西武)
勝負は、3本の長打で、決まった。石毛、秋山の本塁打、そして伊東のタイムリー二塁打だ。
すべて、甘い直球。しかも長打を警戒しなければならない場面で、打たれたものだ。なぜだろう?
ピッチャーに失投が出る原因は、3つある。
〔1〕捕手の思考と投手の思考にズレが生じた場合
〔2〕直球のコントロールの信用性
〔3〕ふだんの取り組み方
(中略)
いずれも、表面的な原因は〔2〕に求められる。この点は山倉が十分に感じていたはずだ。しかし秋山のあと、白幡、安部に対して、西本は本来の制球力を発揮し た。そこに、山倉の錯覚が生まれた。再び、西本のコントロールを信用してしまったのだ。1-1から、また甘い速球が真ん中へ・・・。
投手には三段階の成長過程がある。「気迫、気力で投げている時期」→「1球の怖さ、を知って投げる時期」→「理をもって攻める完成期」だ。
改めて述べるまでもなく、すでに西本は最終段階の域に達している投手なのだ。それが、この日は初歩的な第一段階の投手に戻っていた。
もう一つ加えれば、西本は西武の下位打者に対して、ほぼ完ぺきなコントロールだった。ところが、上位の長距離打者に対しては、立ち上がりから微妙な狂いが生じていた。投球とは「気をつけなくては・・・」と思えば思うほど、”そこ”へ行ってしまうものなのだ。
山倉の意識は、その点にまでおよんでいただろうか?3本の長打には、〔1〕の原因も潜んでいる。
メディアによると、楽天の田中将大投手は、デビューしてから今が一番疲労感が無く、それは、投球のスタイルとフォームを変えたからだという。
具体的には、全てのバッターの全ての投球に全力投球するのをやめ、上半身に集中していた負荷を下半身へ一層分散するようにしたのだという。
本書の著者の野村さんから直接薫陶を得、絶えず成長した田中投手はもはや、三段階の成長過程の最終段階である「理をもって攻める完成期」に到達した達人であり、然るに、全プロセスには全力投球せず(メリハリをつけ)、絶えず余力を残せるに違いない。
また、「投手の失投の三原因」は成る程だ。
各事項は、以下の様に抽象化しかつ応用できそうだ。
〔1〕捕手の思考と投手の思考にズレが生じた場合
→合意の形成不全、混乱/迷いの払拭不全
〔2〕直球のコントロールの信用性
→基本技術/調子の担保不全
〔3〕ふだんの取り組み方
→事前準備の怠慢、平常心の会得不全
P269
シリーズ前の方針の違いが結果の違いに
1987年11月1日 日本シリーズ第6戦(巨人VS西武)
シリーズを迎える出発点から、振り返ってみよう。短期決戦というドラマを前に、まず、主役は誰か?だ。野球では当然、投手が主役になる。そこで第一のテーマは、先発ローテーションの組み方、となる訳だ。そして、これを起点に方針、作戦が定まっていく。
終わってみると、勝因、敗因の分岐点は、その出発前にたどり着いた。
桑田の第1戦の先発が物語るように、巨人は公式戦のトータル成績を重視して、このシリーズに臨んだ。これに対して、西武は「7試合」を考慮してのローテーションだった。
シリーズ前にも書いたとおり、「守って、攻める」森野球と「攻めて、守る」王野球、この発想の差が西武の4勝2敗という結果になった。極端に思われるかもしれないが、私は、この成績の7割以上はシリーズ前に決まっていた、と考えている。
それほど、方針の立て方は重要なのだ。結果論ではなく、巨人には4勝1敗で日本一を奪回できる目もあったはずなのに・・・と思う。
要するに、「戦術の失敗は戦闘で補うことはできず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない」ということだろう。
勝敗を決するのは凡そ、「強い手」ではなく、「負けない手」や「負かされない手」を指し、かつ、終盤寄りに「悪手」を指さないことだ
勝利への執着心が強靭であればあるほど、戦略は「攻めて、守る」ではなく、「守って、攻める」が旨となる。
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