【邦画】「僕らのワンダフルデイズ 」(2009)【野球】「阪神タイガース暗黒時代再び」野村克也さん

2013年05月17日

【観戦記】「第71期名人戦七番勝負〔第2局の13▲森内俊之名人△羽生善治王位挑戦者〕切れた緊張の糸」上地隆蔵さん

若いころの羽生(善治挑戦者)なら、奨励会の延長で駒を埋めまくって粘り倒し、なりふり構わず指し続けたことだろう。
実際それでよく逆転勝ちし、相手を呆れさせた。
20代では羽生マジックで幻惑し、十中八九の負け将棋を拾うことが珍しくなかった。

「将棋の終盤は800通りに分類できる」という冷めた言葉が独り歩きしたのもこの頃で、若き天才の論理が周囲を戸惑わせたこともあった。

しかし不惑を過ぎた羽生は、ほとんど終盤に関心を示さなくなった気がする。
終盤を「勝負」と言い換えてもいい。
それが淡白さとなり、仮に拾えたはずの勝負を落としたとしても別に構わないという、ある種の開き直りが見える。
テーマや意味を失った将棋に、最近の羽生は冷たい。

それでも相手が前期競り負けたライバルの森内(俊之名人)であり、思い入れの強い名人戦だから、勝負の比重を高めて対局に臨んでいたと思われるが、やはり延命策はとらず、潔く自ら首を差し出した。
△6六馬で羽生の緊張の糸がプツンと切れた、そんなふうに思えた。

「テーマや意味を失った将棋に、最近の羽生は冷たい」と断じた筆者の上地隆蔵さんの思いは、分からないでもない。
羽生さんは、昨秋、奇手△6六銀で王座位を奪還しているが、インタビューなどで、「今と比較すると、昔は非常に往生際の悪い将棋を指していた」旨しばしば述懐しており、間違いでもないだろう。

私の様な凡人が羽生さんの様な大天才兼大成功者の心理を読むことほど困難かつ酷なことは無いが、一羽生ヲタ(笑)として言わせていただければ、最近の羽生さんは「『勝つ』と『負かす』の違いにシビアになった」印象がある。
そして、その心境変化は、加齢に因る時間とエネルギーの減少と、コンピューター将棋の台頭が大きく影響している様に感じる。

羽生さんは、不世出の将棋界の第一人者として、残された時間とエネルギーを、「相手を負かす」のではなく、「自分と将棋そのものに勝つ」ことに集中したいのではないか。
大天才兼大成功者とはいえ、人間足る者、自分自身の往生際が窺えたら、人間勝負の往生際には関心が薄れるのではないか。



★2013年5月17日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/



kimio_memo at 08:07│Comments(0)TrackBack(0) 新聞将棋欄 

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