2013年11月22日
【マーケティング】「価値創造の思考法」小阪裕司さん
P74
「価値」はお客さんの頭の中にしかない
脳内における価値認識は、先ほどの言葉が入ってきてから起こる。言葉が入る前ではない。言葉が入ってきて、「それが何か?」がなくなり、「買いたい!」という情動が生まれるのだ。
ここで重要なことが二つある。
ひとつは、お客さんが価値を感じるメカニズムは今お話ししてきたものなので、「価値」はお客さんの頭の中に生じるものであるという事実だ。
われわれ売り手や作り手、特に作り手は、丹精込めて苦労を重ねて製品を作り上げるので、商品に価値がある、つまり価値は商品に帰属すると思い込んでいる。そしてそれはある面では事実である。確かにその商品は、現実に大きな価値を持っている。しかし、お客さんがその価値を感じるのは、お客さんの頭の中に価値が生まれた瞬間からなのだ。となれば、商品の持つ価値は、お客さんに伝わらない限り価値とは言えない。お客さんの頭の中で価値と認識されたものだけが価値。つまり、その意味では、価値はお客さんの頭の中にしかないのである。
そしてもうひとつ重要なことがある。人が価値を感じるメカニズムが今お話ししてきたものである以上、お客さんの頭の中で価値が生まれる運命の瞬間を左右するものは、お客さんの脳にどんな情報が入力されたかである。先ほどのワインなら、DMに書かれた文言が、価値が生まれる瞬間を左右するということだ。つまり、価値は情報によって生まれるということである。
「価値は対象顧客に認識されてこそ、価値である。
然るに、商品の価値が価値足り得るには、価値を創造、パッケージング(商品化)することに加え、認識促進情報を十分付加することが欠かせない」。
小阪裕司さんのこのお考えは尤もだ。
実際今、高額衣料が売れないのは、メインターゲットの30代独身男女がファストファッションを超える衣料の価値を認識していない上、メーカーや流通が付加するその認識促進情報が不十分(脆弱)だからだ。
余談だが、「人は見たいモノを見る」と言う。
これは、正確に言えば、「人は、見て理解でき、かつ、肯定的に評価できるモノだけを積極的に見る」ということであり、逆説的に言えば、「人は、見て理解できない、或いは、理解できても肯定的に評価できないモノを、積極的には見ない(→視界から遠ざけるタチがある)」ということだ。
ジャズよりポップスの方が売れるのも、堀江貴文さんが収監に至ったのも、「半沢直樹」がヒットしたのも、「人は見たいモノを見る」からだ。
そして、小阪さんのこのお考えにならえば、「半沢直樹」の(根源)価値は勤め人の悲哀の癒しであり、それを視聴者である彼らの脳に価値認識させたのは、「倍返し」や「土下座」という「見たいモノ」情報だ。
なぜ、代替商品に富む当代資本主義社会で大衆向けにヒット商品を創ろうとすると、或いは、商品を売ろうとすると、成果物やプロセスが旧態依然ないし予定調和的になってしまうのか、非啓蒙的になってしまうのか、はたまた、社会の堕落が加速してしまうのか、改めて理解できた気がする。
kimio_memo at 07:41│Comments(0)│
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