【洋画】「バレンタインデー/Valentine's Day」(2010)【邦画】「ハレンチ学園」(1970)

2013年02月19日

【マーケティング】「「心の時代」にモノを売る方法」小阪裕司さん

P169
●「世界観」という基軸

では取り扱う商品やサービスの種類で行なう分類を「縦」とすれば、「横」の軸は何だろうか。

第4章ではこれに近い論点を「新基準の品揃え」とし、「感性」と呼ぶこともあれば、「ライフスタイル」「コト」「気分」と呼んでもいい、それを総称するなら「どんなことが嬉しいか」の基準だと言った。

ここではもうひとつ別の角度からそれをとらえよう。

その軸は「世界観」である。

ゆえにこのビジネスは「世界観を売る」というビジネスでもある。

この「世界観を売る」ことについては拙著で古くから述べてきたが、伝わり難い概念のようで説明が難しい。

作り手や売り手に自分なりの考え、哲学、大切にしているものがあるとしよう。寝具店で言えば、「当店の考える正しい眠りとは何か」「なぜ人は正しい眠りをとらなければならないか」「眠りに最適な環境とはどんなものか」といった考え、思想、信条、ポリシーだ。もっとシンプルに、「オレたちの思う愉しい暮らしって、こんな感じだぜ」というものでもいい。

世界観とは、それらを包み込むものだ。

それは、「どんなことが嬉しいか」の基準とどう違うのだろう。

当然のことだが根っこは同じである。

「どんなことが嬉しいか」をお客さんの側の受けとり方だとすれば、「世界観」とはこちら側の見方だ。あえて同じ表現を使えば、「どんなことを嬉しいと感じてもらいたいか」ということになる。

世界観を売るには、まず売る側がその世界を素晴らしいものだと感じていなければならない。

たとえば、朝日ウッドテック社は、「裸足の記憶」が人々にとって素晴らしいもので、できれば多くの方がそうするべきだという信念がある。

先の(東京都あきる野市の某)クリーニング店は、(映画のDVDに加え)ただなんとなく地元野菜を売っているのではなく、彼は地域に根ざしたローカルな生活を愉しむことが自分が考える心豊かな人生なのだと、だからそれをあなたも愉しんでみませんか、と言っているのである。

世界観を売る」とは成る程だ。
たしかに私たちがパソコンにMacを選んだり、イチローの試合を観に行くのは、スティーブ・ジョブズやイチローの世界観を肌理解したい、彼らと世界観を共有したいからであり、詰る所、愛すべき代替不能の世界観に身も心も染まりたいから、だ。

昨今、不調に喘いでいるブランドビジネスが少なくない。
ブランドビジネスは「世界観」を売るビジネスの最右翼であり、不調の根本原因は独自世界観の確立、伝播の怠慢、ルーチン化ではないか。


P174
●「物語を売る」にまつわる誤解

世界観をお客さんに伝え・教えてお届けするには、今お話ししたように、商品やサービスを活用して具現化し、表現するアプローチがある。その場合、世界観がきちんと伝わるように、もてなしやしつらえまで整えることも必要だろう。

(中略)

そして、こうして世界観を売ろうとするとき、そこには作り手や売り手の物語が存在する。なぜ自分がこの世界観を持つに至ったのか。それを具現化していくのにどんな経緯があり、どんな仲間たちがいるのか。これまでのお客さんはこの世界観とどのように出会い、接してきたのか。そういう物語が当然ある。

同社(古町糀製造所)でも、それらは徹底的に語られており、糀との出合いや新潟への出店に至る経緯、糀というものの素晴らしさ、今商売に対して思うことなど、お客さんはHPや店頭での掲示物などを通じてこの物語に触れることができる。

ところで近年「物語を売る」という言葉が一人歩きしていて、これは非常に危険だと感じている。ストーリー物語性さえ付け加えれば売れるのだと誤解を招くからである。

そういう短絡は本質を見誤るだろう。

物語が売れる最大の要因は、世界観を知って共感したお客さんがその世界の住人になることで精神的充足を得られるからである。

世界観を備えたビジネスの周りには必然的にたくさんの物語があるだからいくらでも語ることができる。自分たちが信じる世界を語っているのだから、物語は必然的に付随する。

「物語があると売れる」と言われて、それをねつ造するとしよう。まことしやかに整えて発信しても、世界観の根っこがないから通用しないはずだ。一時的には通用しても底が浅いからすぐにばれてしまう。設定の甘い小説のようなもので、実際お客さんがその世界に入った途端に「なんだ、中身がスカスカじゃないか」と失望される。このようなやり方は本末転倒だ。

物語という新しい販促要素があるわけではない世界観が売られるとき、そこに必然的に物語が付随してくるのである。

『物語さえ付け加えれば商品が売れる』のは誤解」というのは、完全同意だ。
先述の通り、お客さまが買うのはあくまで世界観であり、物語ではない。
物語とは、”その”世界観が誕生したてん末であり、更に言えば、”その”世界観が誕生しなければいけなかった理由だ。
そして、物語は、お客さまからすれば”その”世界観を買うべき理由に成り、売り手からすれば”その”世界観を売るトリガーに成る。
然るに、お客さまは物語に引かれるが、それは”その”世界観を買うべき理由に共感したに過ぎず、お客さまが真に引かれるのは、即ち、お客さまが買うのは、”その”世界観に違いない。

そもそも、「物語さえ付け加えれば商品が売れる」と考えるのは、順序と筋が違う。
先述の通り、物語は世界観が誕生したてん末であり、確固たる世界観を持つ商品は元より物語も持っている
そして、商品を売るべく、お客さまに独自世界観を売ろうとするからこそ、物語は付け加えられて、否、積極的に伝えられて然るべきなのだ。
「物語至上主義」は、「プロジェクトX」の見過ぎで物語の意味を誤解している、或いは、独自世界観の確立を端折っている人の、底が浅い感情マーケティングに過ぎない。







kimio_memo at 07:41│Comments(0) 書籍 

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