【邦画】「ニッポン無責任時代」(1962)【洋画】「ニューヨークの恋人」(2001)

2012年11月05日

【フジ】「新・週刊テレビ批評/Critique TALK:テレビを知るベストセラー作家のテレビ批評」百田尚樹さん

【西山喜久恵アナ】
百田さんからご覧になって、今のテレビ番組はどう映りますか?

【百田尚樹さん】
そうですね、たまにゴールデン番組を見ていると、非常に幼稚やな、と思いますね。

【西山アナ】
幼稚・・・

【百田さん】
私も56(才)ですけど、「大人が見れない番組が多いな」、と思いますね。
あと私も、実際自分自身にも言うことなんですけども、僕ら番組を作る時によく、編成なり、営業なり、制作なり、色んな人で「どういう番組を作っていこうか?」と言うんですけど、結構ね、ターゲットを絞るんですね。
「これはF1層に受ける番組を作ろう」とか、「これはシュールに受ける番組を作ろう」とかね、そうやって、番組を絞るんですけど、それが却ってテレビの世界を狭めていると思うんですよね。
テレビというのはね、私は、「家族で見れる」、「お年寄りも、若者も、女性も、男性も一緒に楽しめる」と。
これが僕は、テレビの理想やと思っているんですけど。

【奥寺健アナ】
じゃあ、(今は)逆方向に行っている感じですか?

【百田さん】
そうですね。
今は、メールはある、インターネットはある、家族が(全員)居ってもね、それぞれ家族がバラバラ、自分一人の世界で楽しめる、ということになっていますよね。
折角家族で居っても、それぞれゴハンを食べたら、みな(自分の)部屋にバラバラに散ってしまって。
で、一家が、というか、一つの家族が、みんな自分だけの個人の楽しみで散ってしまっている。
で、テレビもそれと同じことをしたらアカンと思うんですよ。
テレビも、「これ、子ども向け」、「これ、オッチャン向け、「これは、若い女性向け」と、テレビさえも、インターネットとかメールの世界と同じようにバラバラになってしまっている感じがするんでね。
僕は、むしろ、こういう時代だからこそ、テレビによって家族を一つに引き寄せる、これ今、テレビの力があるんじゃないか、と僕は思っているんです。
テレビの将来はそこにあるんじゃないかな、と僕は勝手に思っているんですけど。

(中略)

【百田さん】
ただね、私がよくテレビ出て思うのはね、例えばね、父親と娘が一緒に見れない番組が結構多いです。
若い娘さんに言うたら、「これ、お父さんと一緒に見てたら、恥ずかしくてタマラン」とかね、その逆とかね。
本当に面白いモノはね、一人で見たくないんですよ。
映画でも、一緒に見たいんですよ。
だから、そういうモノをね、テレビは目指すべきやないかな、と思うんですよ。
自分の番組で言うのもアレなんですけど、「探偵!ナイトスクープ」というのは、いつも僕ら考えているのは、「子どもから年寄りまで家族で見れる」ということを常に考えています。
ですから、家族で見れないモノはやらないんです。
だから、エロはやらない。
それから、人を傷つけるものはやらない。
で、ある世代をバカにするモノはやらない。

【西山アナ】
今のバラエティが、そちらへ行こうという傾向が強いように・・・

【百田さん】
そうですね。
今のバラエティは「企画が無い」っていう形もありますね。
ブッキングありき、というか、タレントありき、というかね。
「このタレントは視聴率が取れる!」と、テレビ局が勝手に思い込んで、「そのタレントを色々合わせて、後はもうお題を与えて喋らせたらナンカなるやろ」っていう、そういう番組が結構ありますね。
でもね、これはね、幻想やと思うんですよ。
本当は「企画ありき」なんですよ。
ですからね、最近私思ったのは、島田紳助さんが引退されても、「行列のできる法律相談所」は視聴率落ちなかったですよね、殆ど。
それから、例えば、朝日放送で言うと、児玉清さんが亡くなられましたけれど、「アタック25」っていうのは、児玉清さんの大看板番組だったんですけれども、視聴率が落ちなかった。
というのはね、私は逆に「これは、企画が強かったんだ!」と思ってね、すごい嬉しかったですけれどね。

【奥寺アナ】
なかなかそこに制作の側が自信を持てずにいる、っていう感じなんですかね。

【百田さん】
そうですね。
やっぱり、それだけタレントの力が大きい。
実際タレントの力は大きいんですけど、ちょっと過大評価している感じもしますね。
やっぱり、もう一度原点に帰って「テレビは企画である!」と。
で、実際企画が強いモノが視聴率を取ると、僕らも嬉しいですしね。

(中略)

【奥寺アナ】
その一方で、やっぱり若い人を意識したモノ(番組)も、依然として多いわけですよね。

【百田さん】
そうですね。
これは営業の絡みもあるんでね。
営業っていうのは、どうしても、スポンサーは若い人にモノ勝ってもらいたいって言うんでね、やっぱり年老いた方っていうのは、あんまりおお金を使わない、買い物をしない、っていうことがありますんでね。
じゃあ、実際買い物を沢山してくれる若い世代に向けて番組を作ろうという、まあヤヤコシイですけどね、本当に。
だから、内容よりも、いかにモノを買ってもらおうかという、そういう所で作っているケースもあります。

【稲増龍夫さん】
私は自論として、テレビって根本的にバラエティが一番テレビだと思うんですよね。
報道っていうのは、結局、新聞とかあるんだし、ドラマっていうのは舞台とか映画っていうのもあって、バラエティ、つまり、色んなモノがごっちゃに入ってきて、情報もごっちゃに入ってきて、面白可笑しく用意する、と。
これは正にテレビだな、っていう気がするんですけど、そのバラエティはこれからどういう風になっていったらいいと思いますか?

【百田さん】
そうですね。
繰り返しになりますけれど、やっぱりいかに制作者側が面白い企画を出すか、ですね。
あくまで、視聴率を取れるタレントを何人か集めて、そのブッキングと組み合わせにおいて、後はもう楽屋トークみたいに、「自由に、あなたたちで面白い話をしてください。僕ら、それを見て笑いますから」。
これでは、制作者側の意識が低いですよね。

【奥寺アナ】
うーん。
今、例えば、(画面に)スーパーをどんどん出したり、それからVTRを見せている時に、ワイプですかね、(出演者の)顔を出したり、手法的に物凄く凝ってますよね。

【百田さん】
そうですね。
テレビを「チラっ、チラっ」と見ても分かるようになってますよね。
みんなやかましくなっても字幕が出る、とかね。
笑い声を勝手に出す、とかね。
制作者側が「ここ、笑う所ですから!」って視聴者に言うてますよね。
これは、言うてるっていうか、強制している感じもするんですけど。
「笑うくらい自分で笑うわい」と、僕ら思いますけどね。(笑)

【稲増さん】
バラエティでよくある「雛壇形式」って最近よく流行って、(それと対照的に、百田さんが手がけている)「探偵!ナイトスクープ」は必ずピンで、一人がレポーターをして、って一人で(画面に)立たせますけども、あの「雛壇形式」って、ある考えだと凄く楽ですよね。
誰かに(話を)振っていけばいい、っていう意味ではね。

【百田さん】
そうですね。
東京のバラエティなんかやると、一時間番組をニ時間位(フィルムを)回して、その面白い部分だけをつまんでやる、と。
それはダメですよね。
僕ら「探偵!ナイトスクープ」の場合は、殆どその尺で撮るんです。

【奥寺アナ】
そうなんですか!

【百田さん】
はい。
一分か二分のオーバーだけです。
それやないとね、タレントの緊張感も無いです。

【西山アナ】
お客さん、たしか入れてやるんですよね?

【百田さん】
やります。
だから、客の前でナマで勝負してます。

【奥寺アナ】
ホント勝負ですね。

【百田さん】
はい、勝負です。
ディレクターも勝負です。
自分の撮ったVTRが、実際に客の前でやってウケるかウケないっていうのは。
そうするとね、ディレクターの腕も上がります。

【奥寺アナ】
そこがポイントかもしれませんね。

私は、不朽の名テレビ番組の最たるを、「ウルトラ」シリーズ、それもとりわけ「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」と考えている。(笑)
なぜなら、「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」は、娯楽哲学番組のホームラン王(笑)だからだ。
これほど、何時見ても、また、何回見ても、子どもは子どもなりに、大人は大人なりに楽しめるばかりか、深く考えさせられる、それも、人間や人生の本質や真理について深く考えさせられる番組を、私は他に知らない。
「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」は、制作者(商品の作り手)が視聴者(商品の受け手)を完全には選別でき得ない、また、すべきでない、マスメディアかつ大衆消費財としてのテレビの、正にお手本コンテンツ(商品)だ。

この証拠を厳選提示するなら(笑)、「ウルトラマン」ならジャミラが出て来る回(第23話「故郷は地球」)、そして、「ウルトラセブン」ならメトロン星人が出て来る回(第8話「狙われた街」)だ。

ウルトラマン Vol.6 [DVD]
黒部進
円谷プロダクション
2009-03-25


ウルトラセブン Vol.2 [DVD]
森次浩司
バンダイビジュアル
2009-05-20


前者を見て、子どもは、ウルトラマンのレア必殺技(笑)であるウルトラ水流に見入りつつ、正体が自分と同じ人間のジャミラがなぜ葬られなければいけなかったのか考え、更に大人は、怪獣ジャミラの誕生に社会の矛盾を再考しよう。
また、後者を見て、子どもは、ウルトラセブンの二大必殺技であるアイスラッガーとエメリウム光線を堪能しつつ、地球侵略を狙うメトロン星人がなぜ物理的にではなく、精神的に攻撃してきたのか考え、更に大人は、社会が個人間の相互信頼で、ひいては、個人の信頼行動と被信頼行動で成立しているのを再考しよう。

「テレビ番組は、家族にみな楽しまれて然るべきで、対象視聴者を狭く絞り込んで作られるべきではない」。
百田尚樹さんのお考えはいずれも尤もで、幾度と無く共感、感心したが、かくも「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」を絶賛する私(笑)は、とりわけ本事項に膝を打った。
昨今、オンナコドモの受け、それも、短絡的かつ刹那的な受けばかり狙った浅薄なテレビ番組が、彼らに受けなくなってきているばかりか、彼らの「テレビ離れ」を助長しているのは、当然かつ自然だ。

私は、本事項を、テレビ番組に限らず、大衆消費財の大半に通じるものと確信する。
例えば、「国民車」を起源とするフォルクスワーゲンの車はいずれも、大衆車として優れている一方、スポーツカーとしても優れており、また、運転の初心者を安楽させる一方、熟達者をも飽かさない。

世に言う「イイモノ」とは、狭い対象者に、ましてやオンナコドモになどつゆも媚びない、しかと本質的に企画された大衆消費財に違いない。
イイモノは、使い手も、時代も選ばない。



★2012年10月27日放送分
http://blog.fujitv.co.jp/newhihyo/E20121027005.html



kimio_memo at 08:01│Comments(0) テレビ 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
【邦画】「ニッポン無責任時代」(1962)【洋画】「ニューヨークの恋人」(2001)