2012年10月16日
【医療】「病院で死ぬということ」山崎章郎さん
P119
いよいよ呼吸が停止し、心臓が停止しそうになったとき、ずっとそのときを待っていた医師たちは”さあ出番だぞ”といった緊張した面持ちで、手早く一人は人口呼吸を開始し、一人は看護婦に口早に強心剤の注射を用意するよう指示し、胸壁から直接心臓内に強心剤を注入するや、即座にベッド上に飛び上がり、患者にまたがると、その全身の力を込めて心臓マッサージを開始した。その表情は真剣で、髪を振り乱しながら心臓マッサージを行なっている姿は近寄りがたく、鬼気迫るものさえ感じた。途中交代しながら約一時間近く行なわれた蘇生術は、しかし当然のことながら、力を発揮することはできなかった。
そのあと、部屋の外で待機していた家族を病室へ呼び入れ、苦渋に満ちた表情で彼らに臨終を告げる主治医の姿に、僕は医療の限界と、その限界に挑む医者の苦悩を診るようでつらくもあったが、感動も覚えたのであった。そして一日も早く蘇生術をわが物とし、だれかの死に直面してもうろたえることなく、医者としての義務と責任が果たせるようになりたいものだと強く思った。
(中略)
臨終の場面は、まさに戦場であった。そしてその戦いは、決して勝利することのない戦いだった。戦いに敗れたあと、僕は先輩たちと同じように、いつも苦渋の中で患者の家族に敗北の宣言をしてきたのだ。「僕たちは精いっぱい頑張ってみました。でも残念ながら、勝つことはできませんでした」と。そしてたいていの家族は、「ここまで頑張ってもらったのですから、悔いはありません。お世話になりました」と言うのだ。
患者が病院の裏口から帰ったあと、僕はそのつど、これで一つの仕事を終えたのだという気持ちにはなれたが、いつもなんとも言えぬ、むなしい思いにとらわれていた。一所懸命頑張ってみたはずなのに、少しも心が充足しなかった。いつも何かやり残したような気持ちを引きずっていた。
(中略)
僕が初めて見た蘇生術に感動してしまったのは、僕が蘇生術を施す側の人間で、そのうえ未熟だったために、先輩医師たちの行動に圧倒されてしまったためなのだ。さらに先輩医師たちが、その蘇生術を自分たちが行なうべき当然の行為として、なんの疑いも持たず真剣にとり組んでいたために、その真剣さに心打たれてしまったためでもあった。
だが、この死との闘いである蘇生術の中で、本来闘うべき主人公はだれだったのだろうか。それはもちろん、いままさに死に瀕している患者のはずだ。ところが蘇生術の最中、一所懸命頑張って死と闘っているのは医者と看護婦だけで、臨終間近の当の患者は、すでに闘いのときを終え、ようやくたどり着いた、深い安らぎの世界に入ろうとしているところなのだ。
だから明らかに死の見えた患者への蘇生術は、患者が安らぎの世界に入ることを、強引に妨げているだけでしかない。医療側がかってに患者の身体を死との戦いの戦場として使い、そして敗走する。逃げる者たちはたいして傷つかず、戦場だけが荒廃するようなものなのだ。
それら蘇生術のほとんどが医療側の一方的な意志であり、行為にすぎなかったし、いま思えばそれらはただ医療側の自己満足にすぎなかったのだ。太刀打ちできなかった病気に対する最後の抵抗を示すことで、患者へではなく、家族へのせめてもの誠意を見せようとする見せかけの行為だったのだ。そして実際は家族の意見など聞くこともなく、一方的に行なっている蘇生術であるから、家族の思いすら踏みにじっていることが多かったのだ。
主役は死んでいく患者で、それを見守るのは家族や親しい者たちであるべきだったのに、医療者は、患者とその家族にとって最も厳粛で最も人間的であるべき最後の別れの場に、ようやく出番が回ってきて張り切っている三文役者のようにわが物顔で登場し、最もたいせつであるべき時間の大半を、しかもある意味では残虐な行為でしかない蘇生術を行なうことで奪っていたのだ。
汗がしたたり落ちるほどに頑張り、疲労困憊するほどに頑張った行為のあとに感じていたむなしさは、負け戦を戦ったあとの空しさだったのではなく、一方的に自己の意志を押し通しつづけ、結局、自己満足でしかなかった行為のためだったのだ。
患者の治療費を払うのは家族ゆえ、終末医療の直接顧客は家族である。
山崎章郎医師のこのお考えは尤もであり、医療という商品(サービス)に限らず、現存の多くの商品に通底する。
咀嚼すれば、以下になる。
〔1〕商品の開発者は、顧客の欲求(ニーズ)、満足、自尊心より、自分のそれらを優先する嫌いがある。
〔2〕商品の開発者&供給者(売り手)は、商品の利用者(需要者)の満足より、商品の購入者(買い手)のそれを優先する嫌いがある。
だから、大半の自動車ディーラーの営業マンは、お客さまに最適なクルマではなく、自分や会社が売りたいクルマをお客さまに一所懸命売りつけるし、昨今のテレビドラマは、広告主からクレームを食らわないよう、極めて予定調和的に、無難に作られる。
そして、お客さまは益々自動車を買い控えるようになり、視聴者は益々テレビを見なくなる。
P179
彼女が真実を知ってからは、子供たちと彼女の間にはうそがなくなったので、子供たちはもはや彼女の言動におどおどしたり、あわてる必要がなくなった。この最終的局面で子供たちは彼女の罹病後、初めて本音で彼女と接することができるようになったのだ。子供たちは間もなく母親を失う悲しみを痛いほど感じてはいたが、彼女の平穏な精神状態を見て、彼ら自身の心も安定したものとなった。
したがって、帰院してからの彼女と家族と医療者の三者の関係は、パニック時の関係からは信じられないほどおだやかなものとなった。そして、だれもが彼女の気持ちにだけ従って動き、彼女の意思の尊重に最重点をおくことができた。しかし、彼女自身は僕たちの申し出にもかかわらず、あまり何かを望むということもなく、静かな闘病となった。
帰院後九日目、彼女の静かな反応はさらに弱くなり、十日目の深夜、家族の見守る中、彼女は六十年の生涯を閉じたのであった。その死は幾つかのチューブ類に囲まれてはいたが、静かなものであった。
彼女の六十年の生涯の大半は決して幸せなものとは言えなかった。だが、その最後の十日間の間に彼女は絶望的な不幸のさなかにあったとしても、みずから納得して生きようとするとき、そしてそれを支えようとする者たちがいるときに、人は悲痛な叫びの中でではなく、ごく自然な流れの中で、ほほえみながらその最期を迎えることが可能であることを、僕たちに示してくれたのであった。
結局、絶望は期待成果(進捗)の不獲得、見込不能を自覚したてん末だが、プロセス(期待成果の創出に良いと思ってやっていること)と成果の乖離が不合理であればあるほど、そして、納得が行かなければ行かないほど、大きく、耐え難い、ということだろう。
人生で大事なのは、絶望し、不幸な臨終を迎えないことだ。
なぜなら、それで人生は本当にお仕舞いだからだ。
大きく、耐え難い絶望を免れるべく、とにかく私たちは納得が行く人生を選好しなければいけない。
P210
いま、この五日間の外泊と、前回の五日間の外泊のことを考えている。こんなに充実した時間は、いままでなかったような気がする。これから先もずっといっしょにいられると思っていたから、お前たちといっしょにいる時間のたいせつさに気がつかなかったんだ。病気になって、しかもお前たちといっしょにいる時間がもうあまりないかもしれないときになって、お前たちといっしょに過ごすことのたいせつさや楽しさを知らなければならないとは、とても悔しくて残念なことだ。
しかし、この二回の外泊の十日間は、お父さんにとっては実に充実した日々だったよ。前の外泊のときもそうだったが、こんどの外泊でもお父さんにはうれしいことがいっぱいあった。中でもそのうちの二つはお前たちの父親であることが実感できて、とてもうれしかった。
まず一つは、三日間の外泊の予定で帰ってきたのに、お前たちには内緒で二日間延長した昨日のことだ。お前やお姉ちゃんが学校から帰って来たときに、いないはずのお父さんの顔を見るなり、「まだいてくれたの」と言って喜んでくれた、お前たちのあの笑顔を見ることができたこと、あの笑顔は最高だったよ。あの笑顔が見られただけでも外泊期間を延ばしてよかったと思えたほどだ。心からの笑顔というものが、どれだけ人を勇気づけるか知っていてほしい。うん、これはお父さんが実感して言うのだからまちがいない。
(中略)
いま、お前たちの寝顔をのぞいてしまった。お前たちの寝顔を見るのも、これが最後かもしれないと思うと、どうしても見ておきたくなったのだ。つい、のぞき見してしまったことは許してくれ。それにしても皆、いい顔をして眠っていた。お前たちの寝顔を見ていると、お父さんがどれだけお前たちを愛していたかがよくわかる。そして死ぬかもしれないことが、少しも怖くない理由がいまよくわかった。お父さんがお前たちのことを命も惜しくないほど愛していて、そしてお前たちも同じぐらいお父さんのことを愛してくれているのを感じるからだ。
そうなのだ。死を乗り越えることができるのは勇気でもあきらめでもない、愛なのだ。愛していること、愛されていることを感じ合えたときに、すべての恐怖は消え去っていくのだ。やがて、いつかきっとお前にもわかる日がくるだろう。
本文は、末期ガンを患われた若き父親の子どもへ向けた遺書の一部だが、感動と思考に富んでいる。
人が異性を、子どもを、家族を欲求するのは、詰る所「来たるべき死への備え」であり、もっと言えば「愛し愛される人に看取られる可能性の担保」なのかもしれない。
P220
僕が、なぜ末期ガン患者に病名や病状を伝えることにこだわるのかと言えば、それは基本的には患者自身の情報であり、その情報は患者の人生を大きく左右するものだからである。それは確かに患者にとってはつらい情報であることにまちがいはない。しかし、不治の疾患であるのだからとか、どうせだめなのだからとか、かわいそうだからなどという理由のもとに、医療者や家族の判断だけで、患者に真実を伝えないということは結局、相手を信頼していないことであり、同時にだれもが正しい情報のもとに、みずからの決定で自己の人生を生きることができる自己決定権という大切な人権を侵害し、場合によっては、一方的に、その人の人生の可能性を奪うことになりかねないのだということを知る必要がある。
だれも他の人の人生にとってかわることはできないのだ。それはたとえ、家族であったとしてもだ。しかし、そのつらい人生を共に担う手助けはできるはずだ。もちろん、実際の臨床の場では家族と共に考えながらとり組むべきことであり、家族の合意のもとに進めるべきことであるが、病名や病状を伝える努力を最初から放棄することは、患者の人生を侮辱することにもつながりかねず、当然まちがっていると言える。
山崎医師のこのお考えも、尤もかつ完全同意だ。
そして、なぜ私たちが、情報を、それも、正しい情報を他者にインターセプトとされることに耐え難い嫌悪や辟易を感じるか、初めてわかった気がした。
そうなのだ。
人生は選択肢の決断であり、判断力、気概、信念、諦観、そして、情報が欠かない。
情報の人為的欠如は、肉体の前に精神の、自我と自尊の崩壊を予感せしめるのだ。
kimio_memo at 07:20│Comments(0)│
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