2012年10月05日
【NHK】「水玉の女王 草間彌生の全力疾走」草間彌生さん
あのねえ、水玉はただの水玉じゃなくって、「平和のシンボルの水玉」だって売り込んでるの、私は。
だから、あれだけの人が来るわけよ。
絵描きとして展覧(会)をしたって誰も来ないよ、きっと。
夏目漱石や、それから色んな、宮沢賢治だとか、みんな、精神の売り込みやってるのよ、結局。
だから、みんな、いつまで経っても、ベストセラーでやってるでしょ、結構。
そういうふうにもって行かなかったら、芸術家としてやっていくのは難しいと思うよ。
「人間は二種類ある。
地獄を見れる人間と見れない人間だ。
地獄を見れない人間は、そもそも論外だ。
しかし、必ずしも地獄を見れればいいわけではない。
なぜなら、地獄を見れば、それで人間はおしまいだからだ」。
私は、番組を見て、若い時分に読んだこの旨の中原中也さんの伝記の一節を思い出すと共に、草間彌生さんが現実に精神を病んでおられることに合点した。
そう。
草間さんは地獄をご覧になったに違いない。
草間さんは番組の中で「自殺」や「死」という言葉を多用なさっていたが、それは、地獄に片足を突っ込んでしまっている自分が、かつて夏目漱石や宮沢賢治がしたように、一つの作品に自分の掛け替えの無い精神を切り売りして、命からがら現世に踏みとどまっている、生きながらえている自覚を絶えずお持ちだからに違いない。
そして、そんな草間さんだからこそ、自分の絵が、夏目漱石や宮沢賢治の作品と同様、未来永劫ベストセラー化する、永遠の名作として語り継がれるのを確信なさるに違いない。
名作は、地獄を見れた人間の精神、否、苦悩の分身であり、また、決断の賜物だ。
地獄を見れないばかりか、芸術に疎い私たち凡人にさえ感動をふるまうのは、彼らの断腸の決断が確然と窺えるからではないか。
★2012年9月28日放送分
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/0928/
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│テレビ

