2013年11月01日
【経営/営業】「ビジネス交渉と意思決定」印南一路さん
P38
(2)痛み分け戦術
(1)のボルウェア戦術とは反対に、痛み分けこそが交渉であると思っている人もいおる。
痛み分けは、ある意味では交渉当事者双方が同じように不利益を被るというものである。
結果平等主義の価値の強い日本では支持されがちであり、アメリカがWIN-WIN(利益交換)型交渉を強調するのに比べ、LOSE-LOSE(痛み分け)型交渉を強調するという意味で興味深い。
しかし、よく考えてみると、後述する利益交換や創造的問題解決の努力を惜しみ、安易にコンフリクトを回避する戦術でしかないことがわかる。
交渉当事者全員に不満しか残さないことが最大の欠点である。
負けを対等にしようとする意味では、後述する固定パイ幻想に囚われている証拠でもある。
交渉の目的、ゴールは相互満足だ。
不満が残る交渉は禍根を残し、早晩、両者に新たな問題や災いをもたらす。
然るに、交渉の本質は「相手を勝たせること」であり、具体的に言えば、相手が希望する利益とその源泉を優先順位に沿って網羅的に把握し、自分が希望する利益と交換できかつ高順位なそれらを保証することだ。
女性がセックスの前に男性と約束事を交わす場合が少なくないのはそういうことであり、男性より女性の方が凡そ交渉上手だ。(笑)
「私たち日本人が思考かつ志向する『交渉』は、WIN-WIN(利益交換)型ではなく、LOSE-LOSE(痛み分け)型交渉であり、それは、『社会におけるパイの分量は一定、固定的である』との習慣的、文化的誤解に基づく悪弊である」との印南一路さんのお考えは、全くの同感だ。
菅直人元首相が依然「最小不幸社会」を唱えているのも、社会主義者としての思考停止に加え、閉鎖が旨の「ムラ社会」に由来するこの悪弊の因果ではないか。
また、私たちはとりわけビジネスシーンで「痛み分け型」交渉を思考かつ志向するが、それは、そもそもビジネスにおける主張の多くが不本意で、後ろめたさがあるからではないか。
紹介販売の折、お客さまについ、「すみません」を連呼してしまうのはそういうことではないか。
私たちは、ビジネスの交渉に際し、先ず主張を完全に自説化し、自分で自分を洗脳しておく必要がある。
kimio_memo at 07:37│Comments(0)│
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