【洋画】「エリン・ブロコビッチ」(2000)【経営】「僕がアップルで学んだこと」松井博さん

2012年08月28日

【将棋】「将棋名人血風録 奇人・変人・超人」加藤一二三さん

P135
負けてもチャンスはある

最後は飛車を振った中原(誠)さんが勝って名人となったわけだが、中原さんのこの名人戦における勝因にして、その後防衛を続けられた最大の要因は、いつも居飛車で大山(康晴)さんに勝っていたにもかかわらず、この名人戦では振り飛車に作戦を切り替え、それで二局勝ったところにあると私は思っている。

大山さんに対してだけでなく、それまでの公式戦で中原さんが振り飛車を指したのはほとんど記憶にない。つまり、経験が不足しているにもかかわらず、名人戦という、このうえない大勝負の場で、しかも二勝三敗と瀬戸際に追い込まれてからの二局で突如作戦を変えてきたのである。

大胆というしかない。では中原さんはどうしてそんな発想に出たのだろうかーー。

想像するに、中原さんには、いい意味での気楽さがあったのではないか。私が名人戦で大山さんに挑戦したとき、「負けてもすぐにチャンスがやってくる」と思ったと以前述べたけれど、中原さんも同じような気持ちだったと私は想像する。

「大山さんとは、こういうひのき舞台でこれから何度も戦うだろう。かりに負けても、チャンスは絶対にやってくる」

そういう気持ちがあったと思うのだ。当時二十歳だった私が抱いたのはたんなる予感にすぎなかったけれど、中原さんの場合は強い確信をもっていたはずである。そのぶん、大胆な手を打つだけのゆとりが生まれたのではないかと思うのだ。

この、気持ちのゆとりというものは、対局において非常に大事なことであるもちろん、「絶対に勝たなければいけない」という気持ちは持っていなければならないが、同様に負ける可能性もゼロではないのだから、どこかで「負けてもいい」と思うこともまた、必要なのである。

「たとえ失敗してもまた立ち直って挑戦すればいい」

そのように思えれば、気持ちがフッと楽になる。

だからその意味で、もし大山さんに気持ちのゆとりがあれば、先ほどの5七金を5八金といっぺん引くことができたろうし、そうすれば勝つチャンスがあったと私は思うのである。

「気持ちにゆとりを持つ」。
本事項の意義はよく説かれるが、その方法は殆ど説かれない。
加藤一二三さんが本文で説いてくださり、私は初めて正確に理解した気がする。

加藤さんの説は、大いに納得できる。
たしかに、気持ちにゆとりを持つには、失敗への諦観リベンジへの期待だけでなく、予め成功への義務感を積極的に自覚することが不可欠に違いない。
成功への義務感を欠いて、失敗への諦観とリベンジへの期待のみ積極的に自覚すれば、気持ちが持つのは「ゆとり」ではなく「甘さ」に違いない。

しかし、加藤さんの説は、言うほど容易でない。
義務感の自覚と諦観のそれは、トレードオフの関係にあるからだ。
加藤さんが本書の副題の「奇人・変人」としばしば称されるのは、トレードオフの不感症への褒め言葉に違いない。









kimio_memo at 07:41│Comments(0) 書籍 

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