2012年01月19日
【セミナー】「自由でクリエイティブなメディアづくり」古川享さん
私は、今は慶應大学で教鞭を取っているが、かつては企業に帰属し、激しい競争の世界に身を置いていた。
「シェアを取る」、「競争に勝つ」という名目のもと、個人や地球を傷つけているのではないか、絶えずハラハラしていた。
今、痛感しているのは、私たちは「協働」と「共生」を大事にすべきだ、ということだ。
今日は有料のセミナーだが、私は、基本的に、スピーチをする際、講師料を貰わない。
自分が今日あるのは、若い時分、大学も卒業していない一個人の自分に、大きな企業がチャンスを提供してくれた、コミットしてくれたからだ。
私の今の願いは、次に離陸していく人のジャンプの踏み台になりたい、グローバルな社会で通用する若者を育てたい、ということだ。
「協働」と「共生」の概念は、否定する人は殆ど居ないが、実践する人も殆ど居ない。
しかし、古川享さんは、こうして実践なさっている。
一体何が、前者と古川さんの間を分かつのか。
一番大きいのは、不毛な競争の勝利経験ではないか。
古川さんが約20年心身を捧げたマイクロソフトは、時に「悪の帝国」と揶揄された。
誤解を怖れずに言えば、現在の企業間競争の多くは、創造した価値の高低や優劣以外を競い、全体(社会)最適的ではなく部分(個別プレイヤー)最適的で、不毛だ。
それは、勝利の経験を重ねても免れず、却って自覚する。
この自覚が、自分と異なる価値観や思考を有する他者と、高く、優れた価値を創造すべく共に働くこと、掛け替えのない人生を共に生きることを、強く後押しするのではないか。
「未来は予測するものではなく、自らの手で創るもの」というアラン・ケイの言葉がある。
未来を予測すると必ず外れるが、それは、外野席に座り、そこから未来を見ているからだ。
御意だ。
希求する未来には、「観る阿呆」ではなく、「踊る阿呆」にならなければいけない。
デジタル社会が創出する未来は、デバイスやアプリ(=function/機能)から、サービスやユーザー体験へ完全に移行した。
自分を賢いと勘違いしている人が、ユーザーが使いもしないモノを作り、マーケティングと称して「どうだ!」と押し付ける。
これは「マーケティングのからくり」であり、もう通用しない。
「誰が、何をする中で、どう役に立つんですか?」ということをどれだけ具体的にイメージできるか、が勝負だ。
ノキアは、スマホはダメだが、ガラケーは世界的にシェアが高い(=45%)。
これは、機能追加が主眼のリサーチラボ(技術研究所)を廃止し、リビングラボを新設したからだ。
ユーザーに、「普段どうやってケータイを使ってますか?」、「今ケータイを使っていて、何か困っていないですか?」と問い、ユーザーの声、考えを広く吸い上げ、それを基盤にモノ作りが行なった成果だ。
これも御意で、あらゆる分野、業界に当てはまると確信するが、改善の兆しは極めて薄い。
なぜか。
過日、私は、パソコンモニターの出張修理を依頼し、担当者のTさんがしてくださった即対応と身の上話に感動した。
それは、Tさんが、あるお客さまの御宅へ出張修理に伺った時のこと。
”その”お客さまは足が悪く、家の中を移動するのも大儀でいらした。
用件が済み、Tさんは御宅を発とうとすると、”その”お客さまからリクエストを授かった。
「もし、ついでに可能なら、生活ゴミをゴミ収集所へ出して欲しい」ということだった。
「たしかに、ゴミを出しに行くのはついでにできる(=追加コストが特段かからない)し、それで”その”お客さまが少しでも助かるなら・・・」。
Tさんはこう考え、”その”お客さまのリクエストを快諾した。
”その”お客さまは大そう感激し、後日、Tさんの会社へ礼状をお送りくださった。
そして、Tさんは社内で褒賞された。
私がこの話に感動したのは、Tさんが、製品の修理(=特定機能の原状回復)を通じ、”その”お客さまに強く関心を寄せ、”その”お客さまの人生の問題の解決に最善を尽くしたからだ。
Tさんのお客さまに対するこの視座と姿勢は、アフターサービスだけでなく、商品開発やマーケティングのプロセスにおいても通底して然るべきではないか。
つまり、多くの企業が、依然、サービスやユーザー体験ではなく、機能(function)ばかりを創造し、あの手この手でお客さまに売りつけているのは、対象とするお客さまに対し、「人として関心を寄せていない」、「人生の問題の解決を志向していない」から、ではないか。
世の中には、「(特定の)情報が欲しい!」っていう人が居る。
メディアの本質は、そうした人に該当情報を届けることだ。
これまで、メディアは二種類しかなかった。
手紙や電話と言ったパーソナルメディアとマスメディアだ。
しかし、技術が発展し、経験やお金を主とするメディアへの参入障壁が下がり、それらの中間に属する三番目のメディアが実現可能になった。
その最大の実現因子は何か。
情熱だ。
情熱とは、「ビジョンを推進する感情的なエネルギー」のことだ。
MBAホルダーは物事を定量的、定性的に評価、思考するのは得意だが、さすがに情熱を計るモノサシは持っていない。
スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツは、共に比類無き情熱家であり、短気だ。
一緒に仕事をすると大変だ。
果たして、あれほど激しく、口汚く部下を、周囲を罵る必要はあったのか。
あれほど出し抜けに首を突っ込み、計画されていたスケジュールを遅延させ、予算を大きくオーバーさせる必要はあったのか。
あれほど人の心を傷つけ、チームを疲弊させる必要があったのか。
ゲイツと一緒に仕事をしていた時のこと。
ある時、ホテルの部屋を複数借りて、パーティをした。
ホテルには、裏手にスタッフ向け通用路がある。
私は、それを使ってゲイツと会場を移動したのだが、ある所で少し間違ってしまい、5メートルほど引き返した。
すると、ゲイツは、「古川、なんでオレにこんな無駄なことをさせるんだ!」とキレてしまった。
私が、「今ここでこんなことをしていることの方がもっと無駄だ」と返したが、却って火に油を注いでしまった。(笑)
また、ある時、私は、ゲイツから「週末彼女と京都へ旅行するので、新幹線のチケットを用意して欲しい」とリクエストされた。
私は、そのリクエストに応じ、東京駅でチケットを手渡し、「(チケットの代金は)こっちが払っておくから」と言った。
すると、ゲイツは、「こっちが払うとはどういうことか?」とキレてしまった。
そして、「(マイクロソフト)日本法人は、社員のプライベートな旅行の費用を出すことや空出張が罷り通るのか?」と、大勢の人の前で、延々私をなじった。
私は、手が付けられなくなり、「わかった、俺が(個人的に)払っておくから」と言い、どうにか収めた。
ちなみに、立て替えたチケット代は、まだ払ってもらっていない。(笑)
「自分の美学に踏み込んでくる相手には、容赦無くアイスピックで向かってくる。
自分の頭の中で描いていたストーリーが破綻すると、何処であれキレる」。
これがジョブズとゲイツの共通点だが、私たちは学ぶことがある。
それは、「自分の感覚に、細部にまで拘り抜く」ということだ。
何かを実現しようとする時、自分自身への納得は緩くてはいけない。
魂は細部にこそ宿るからして、細部に気を抜いてはいけない。
一昨年、私は、坂本龍一さんの北米公演をustreamで中継した時、二つの決心(必達事項)があった。
一つは、視聴者に「なんで、こんな良い音がタダで聞けちゃうの!」って思ってもらうこと。
もう一つは、完全に黒子に徹する(=会場のお客さまとスタッフの双方に絶対に迷惑をかけない)ことだ。
だから、自分が納得行かなかったら、ケーブル一本でも買いに行った。
この時の神経の張り方は、自分の貴重な資産になった。
「アメリカンドリームって、自分を信じることに努力することなんだと思う」。
スタンフォード大学の卒業生のジョニー・マドリッドさんが仰ったこの言葉が、正に得心できる内容だ。
そして、スティーブ・ジョブズさんとビル・ゲイツさんがアメリカンドリーマー足り得たこと、古川さんがビル・ゲイツさんに加え、坂本龍一さんや向谷実さんなど一流音楽家から敬愛されることも。
そうなのだ。
夢、即ち、自分のビジョンを達成するには、急襲する自信喪失や自己否定に抗うべく、情熱と言う名の自分を強力に後押しする感情的エネルギー、精神的エンジンが必要であり、それは、自分の思考、美学、価値観、納得に対する、他者には理解でき得ないレベルでの信頼と執着に依存する。
”あれほど”乃至”そこまで”自分を信じ、やり切ることが、夢、ビジョンを叶える必要条件であり、それこそが、自分の(⇔他人に強いられた)人生を全うすることに違いない。
先述の三番目のメディアでとりわけ大事なのは、「ラブ度」だ。
お金儲けでもなく、視聴率でもなく、ユーザー数でもない。
「ユーザーにどれだけラブを届けられたか」だ。
例えば、エバーノート(evernote)は、有償ユーザーは5%だ。
しかし、彼らに有償サービスを利用している理由(お金を払っている理由)をアンケートで訊くと、「このサービスを愛しているから」や「このサービスが長く続いて欲しいから」が上位を占める。
是非、この5%のユーザーがサービスを支え得る「ラブ度」、並びに、「フリーミアム」の概念を学んで欲しい。
そして、「ラブ度」を勝ち得るべく(=愛されるべく)、「自分が残りの人生で何を達成するのか」自分のビジョンステートメントを作り、印刷して机の奥に入れ、時折見直して進捗を確認して欲しい。
ちなみに、これは、私がアスキーで働いていた25才の時に作ったビジョンステートメントで、私はこれに則って今日まで30年生きてきた。
古川さんは、「ラブ度」の高い会社として、エバーノートのほか、ザッポス(Zappos)とジェットブルー(JetBlue)を例示なさったが、いずれも外国の企業であることに考えさせられた。
たしかに、お客さまから「Wow !」の言葉を授かり、合理的な利害関係を超え、感情的な絆でお客さまと繋がる、お客さまに好かれる、お客さまに愛される、のを一義とするビジネスの概念は、日本の大企業は勿論、中小企業でも殆ど見かけない。
私は、この一番の理由を、会社、仕事、自分自身に対する社員のラブ度の低さと考えてきたが、古川さんのお話と25才の時に作られたビジョンステートメントを賜り、確信した。
自分の会社のラブ度を高めるには、即ち、自分の会社がお客さまに感情的に好かれる、愛されるには、まず、自分が自分の人格と可能性を盲目的に好きになる、愛することが欠かせないに違いない。
そして、私たちが自分へのラブ度を高めることは、自分にとっても、会社にとっても、日本にとってもチャンスに違いない。
★2012年1月13日東京ミッドタウン・デザインハブにて催行
※1:上記内容は意訳
※2:主催はThink the Earth
http://www.thinktheearth.net/jp/info/2011/12/seminar20120113.html
https://twitter.com/kimiohori/status/157959236402429952
https://twitter.com/kimiohori/status/159768246776643585
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