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2011年12月06日

【BSNHK】「いつ治療をやめるのか アメリカの終末医療」ジュディス・ネルソン医師、ケレン・オスマン医師

【ジュディス・ネルソン医師/マウント・サイナイ病院集中治療室】
(延命処置を選択するか否か)決断を下す際に、様々な不確定要素が邪魔をします。
色々な治療法があるので、それをいかようにも組合わせられるという幻想が生まれてしまったんです。
実際のところは、たとえどんなに成果を上げている医療技術があっても、元の病気や、患者の状態の方が、最終的な結果に大きな影響を及ぼすのです。
しかし、技術が存在することで、それを使うか使わないかの決断が生死を決めてしまうと、患者や家族には思えてしまうんです。
そう誤解させてしまうのは、私たち医師の本意ではありません。

【ケレン・オスマン医師/マウント・サイナイ病院骨髄移植室】
病状が良くなる可能性が無い時、私たち医師が唯一できることは、良い死を迎えさせてあげることだと思います。
患者の痛みや苦しみを取り除き、状況を受け入れられるようにすることです。
でも、恐らく、「良い死」という考えに拘るのは、むしろ患者の周りに居る人たちの方なのだと思います。
その時の記憶が残るからです。
実際に亡くなっていく人の気持ちについては、誰もわからないでしょう。

【ジェローム・グループマン医師/ハーバード大学医学部教授】
重病の患者は、できる限りの治療を受けようとします。
たとえ、治る可能性が僅かでもね。
勿論、回復しないことも度々です。
しかし、時には、回復するのです。
ですから、限界に挑もうとする治療や試みを無益だとか無意味だとか決め付けないよう、十分気をつけるべきです。
そうでなければ、医学の進歩は無いのですから。

【ジュディス・ネルソン医師/マウント・サイナイ病院集中治療室】
病状が著しく重く、常に人口呼吸器を使っている患者は、アメリカには十万人居ます。
こうした患者のケアにかかる費用は、年間200億から250億ドルと推計されています。
集中治療室での技術が向上すればするほど、生と死の間で中吊りになる人が増えていくのです。

【デビッド・マラー医師/マウント・サイナイ医科大学医学教育学部長】
医療が、より多くのものを提供するようになったことで、患者にある種の期待感を持たせるようになりました。
「病院に来ればもっと何かが得られる」という期待感です。
医師はより積極的な治療を行い続け、患者はいつまでも期待を抱き続ける。
アメリカでは、それが当たり前の医療となっています。
勿論、医療の進歩で、多くの貴重な命が救われてきたのは、間違いありません。
しかし、そのことで、患者自身やその家族、愛する人たち、また、国の医療制度が、大きな痛手を受けているのも事実です。

私は、母を、本人の希望に従い延命処置を選択せず亡くしている。
その為、とりわけ上記のコメントには深く考えさせられた。
そして、主に以下の二つの気づき、再認識を得た。

一つはオプション(選択肢)の過剰保有は、期待値の過剰な高騰を促すと共に、幸福どころか不幸に寄与しかねない、ということだ。
たしかに、保有するオプションが少なければ、ニーズが完全達成される期待値、そして、実績値は低くなる。
しかし他方、オプションの選択、決断に要するコストが少なくて済む。
また、その分、ニーズが達成し得なかった時に覚える後悔も少なくて済む。
ビジネスでよく言う「顧客満足度」も、「期待値と実績値の差分」を定量化しただけで、本質的には同義だ。
だから、「ローマを見て死ね」という格言があるが、私たちは、〔ローマという地名〕、並びに、〔ローマという町に行くことが物理的には可能だという事実〕を知らなければ、ローマを見ずに生活をしても、幸福度は下がらない。
このように考えていくと幸福度と分相応度は比例関係にあるにように思える。
「分相応」という言葉、概念の本意は、「オプションの最適保有」ではないか。

もう一つは、医療サービスの真の顧客は、患者ではなくその家族である、ということだ。
本事項は、現状の「お受験」や教育サービスも同様だ。
いずれのサービスも、受益者本人の満足度や評価より、家族のそれらがサービスの(リピート)購入の決め手になる。
いずれのサービスも、内容や技術が向上している割には、受益者満足度が向上しあぐねている、結果、社会へポジティブフィードバックを与えあぐねている印象がある。
勿論、この原因は多岐に渡るだろうが、元凶は本事項にあるのではないか。



★2011年11月30日放映分
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/111130.html



ニューヨーク市のマウント・サイナイ病院を舞台に、死と間近に向き合い苦悩し、葛藤する医師、患者とその家族を見つめたドキュメンタリー。

ア メリカでは集中治療室で命をつないでいる患者が、命を終わらせるという選択を迫られるケースが増えている。医学の進歩で、症状が重くとも様々な手段を使っ て患者を生かし続ける事が可能となった。しかし、生活のクォリティーを満たすだけの回復が望めない場合、問われるのは“いつ延命装置を取り外すか”という 決断だ。こうした場合、患者本人の意思を確かめられないことも多く、選択を委ねられた家族は大変な負担を強いられることになる。

また、造 血幹細胞移植という最新の治療を行う病棟では、多額の費用をかけて移植を受け、耐え難い苦しみを経験しながらも、予後が良くならない患者とその家族が次の 医療方針をめぐり葛藤の日々を過ごしている。再移植など病気と闘う治療と並んで、緩和医療を受けながら死を受容する、いわば「何もしない」ことが、重要な 選択肢となるからだ。

手を尽くして寿命を延ばすのか、何もせずに天命をまっとうするのか・・・。医学が進めば進むほど、その見極めが難しくなっている。


kimio_memo at 07:16│Comments(0)TrackBack(0) テレビ 

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