2011年11月26日
【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第22局の1(指し直し)▲郷田真隆九段△谷川浩司九段〕持将棋指し直しに」上地隆蔵さん
午前1時40分、谷川ー郷田戦は191手で持将棋が成立した。
図がその局面。
角換わり腰掛け銀同形から谷川(浩司九段)がリードを奪ったが、郷田(真隆九段)が徹底した粘りでミスを誘い、執念で入玉を果たした。
最後は泥仕合で、入玉嫌いの谷川も受け入れるしかなかった。
郷田玉の前進を阻止する手段が発見できず、対局途中、焦りとイラ立ちから谷川の表情が何度かゆがんだ。
(中略)
自分の駒数は無論、おそらく相手の駒数も足りていると確認したところで、郷田は「持将棋でいいですか?」と切り出した。
谷川は「私はもう・・・(構いません)」と、その提案に同意。
駒取り合戦の不毛な指し手は棋譜を汚す。
(中略)
30分、つかの間の休憩。
谷川と出くわした本紙記者の証言によれば「谷川さん、はっはっはっと笑っていた」とのこと。
持将棋にしてしまったことに対する自嘲の笑いだったに違いない。
午前2時10分、先後を入れ替え、指し直し局が開始された。
(本局では後手番になった)谷川はゴキゲン中飛車を選んだ。
トシをとってつくづく思うのは、「面白く感じるから、良機嫌だから、元気だから、笑う、笑顔になる」のではなく、「笑うから、笑顔になるから、面白く感じる、良機嫌になる、元気になる」ということだ。
トシをとるということは、死に近づくことであると同時に、人生の本質と不条理、そして、自分の可能性の減少を思い知るということだ。
トシをとって笑顔が減るのは、このためだ。
心情の有り様の多くは、態度に依存する。
入院患者が不機嫌なのは、そもそも一人で寝る以外無いからだ。
だから、谷川浩司九段は、深夜2時過ぎ対局を指し直す前、「はっはっはっ」とお笑いになったのではないか。
そして、戦法に「ゴキゲン中飛車」をお選びになったのではないか。
自らのミスで勝利を逃し、棋譜を汚したリベンジには、自らの気力の再興が不可欠であること。
そして、それには、笑いと良機嫌な態度が有効かつ不可欠であること。
実績者且つ人格者でもあられる谷川さんのこと、これらは既知、励行事項に違いない。
★2011年11月26日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/