【BSNHK】「いつ治療をやめるのか アメリカの終末医療」ジュディス・ネルソン医師、ケレン・オスマン医師【邦画】「ひとごろし」(1976)松田優作さん、高橋洋子さん

2011年12月08日

【哲学】「ウルトラマンと「正義」の話をしよう」神谷和宏さん

P60
タバコはコミュニケーションを活性化させるための有益なツール、ぜいたくは悪という価値観は現代とは正反対と思われます。

このように価値観は時代と共に変わっていくものなのです。

それは「正義」についても同様です。

戦時中はアメリカという敵国を倒すことが国を挙げての正義でしたが、それが戦後になって180度転換しているのはわかりやすい例でしょう。

国文学者の石原千秋氏は「正しさが変わる」体験をしてきたと言います。

石原氏が小学生だった昭和30年代には煙突から煙がモクモクと出る工業地帯は、日本の加工貿易による発展という「正しさ」の象徴であったのに、中学2年生の時、公害問題が突如として取りざたされ、やがて、煙がモクモクと出る工場は「正しくない」ものとして扱われるようになったことを挙げています。
またそのような「開発は善」という流れが「開発は悪」と変わる中で、スーパーでの買い物一つとっても、当初は買い物かごを持参せずにレジ袋をもらえるのは、便利なこととして受け取られていたのに、最近ではエコバッグを持参する方が良い、というように「正しさ」が変わっていくことを訴えています。

不遜だが、私は、上記の内容に異論を禁じ得ない。
時代、即ち、「社会の空気」がいかに変化しようと、正義は不変だ。
「人を殺めること」は、いつの時代も「正しくないこと」だ。

正義は「物事の是非」だ。
物事には、普遍かつ不変の「是非」が厳然と存在し、価値観や思考や利害を理由に否定され得ない。
「ダメなものはダメ」であり、これを「社会の空気」に流されることなく主張、次世代継承できるところが、人間の人間たる一番の所以だ。

時代の変化で変化するのは、倫理だ。
倫理は「物事の良否」であり、「社会の空気」に比例して変化する。
現に今の日本では、「結婚前にセックスすること」は当然かつ自然だ。
私たちは、正義と倫理を混同してはいけない。







kimio_memo at 07:46│Comments(1)TrackBack(0) 書籍 

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この記事へのコメント

1. Posted by 千秋楽   2011年12月09日 01:46
戦争では「人殺しはいいこと」ですよ。あるいは、あるお祭りでは人身供養がありましたよ。「殺人は正しくない」でさえ、普遍的ではありません。もう少しまともにものを考えてくださいね。

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