2011年10月02日
【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第12局の6▲郷田真隆九段△屋敷伸之九段〕郷田、白星先行」甘竹潤ニさん
屋敷(伸之九段)の強靭な粘りに、「なるほどこうやって勝負に持ち込んでいくものか」と感心していた控室だったが、「先手玉が遠すぎます」と郷田(真隆九段)勝ちの結論を出した。
日付が変わって、午前0時51分。
屋敷は最後の2分まで使って考えた末に投了した。
終局直後、しばらくの沈黙の後、こんなやりとりがあった。
郷田「(126手目の)△4四玉で△3四玉は?」
屋敷「(ニッコリしながら)詰みですよ」
郷田「あっ」(苦笑)
△3四玉は▲4六桂以下の簡単な詰み。
郷田は盤側の記者でもわかったこの詰みをうっかりしていたのだ。
勝敗に直接影響はなかったかもしれないが、深夜決着になることが多い順位戦は、時としてこんな空白の時間を生む。
トッププロ棋士である郷田真隆九段をして、半日を超える長時間対局(※順位戦の持ち時間は対局者当り6時間)の終局間際では読みに「うっかり」があった。
しかし、郷田さんは、「うっかり」はしたものの、その中に潜んでいた「地雷」は踏まずに済み、勝利を収めた。
凡人かつ自他共に認める「うっかりさん」(笑)の私が言うのはおこがましい限りだが、私たち一個人が「うっかり」を完全に無くすのは不可能だ。
なぜなら、人間の思考は、コンピュータの如く網羅的ではないからだ。
だから、もちろん、「うっかり」を最小化する努力を課したり、仕組みを設けることは、大事かつ励むべきだ。
しかし、もっと大事かつ会得すべきは、郷田さんの如く「うっかりの地雷」を踏まないことだ。
郷田さんが「うっかりの地雷」を踏まなかった、踏まずに済んだのは、多分に「地雷」の臭いを嗅ぎ付けたからだ。
依然、自分と他者の対局をコンピュータ無しに総括、知恵(⇔知識)化し、A級に在位する郷田さんの「地雷」に対する嗅覚は、トッププロ棋士の中でも格別に違いない。
「地雷」の嗅覚は、「経験の知恵化」と「現在の調子」の程度に比例する。
後者は詰まる所「神のみぞ知る」ものだが、前者は「自分のみぞ知る」(笑)ものだ。
「地雷」の嗅覚は、努力対象かつ自己責任だ。
★2011年10月2日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/