2011年10月29日
【NHK】「ディープ・ピープル/音楽プロデューサー」秋元康さん
僕は、約37年間位ね、ずっとこの仕事をしてて、スターってやっぱり運を持っている人なのね。
SKEっていうドームがあるんですね。
そこにね、松井珠理奈ちゃんっていう、当時11才かな、オーディションで(来たんです)。
元々その子は49番、50人オーディションやる中で49番だったんですよ。
49番だったんだけど、カラオケマシンがちょっとトラブって、「その子の歌がちょっと出ないんで、50番先でもいいですか?」って言ったら、「いいですよ」って〔略〕別に大した話じゃないじゃん。
だけど、その松井珠理奈っていう子が、あまりにもスター性があったので、「50番の子が49番にして、最後に来て、最後にオオトリで現れたんだよね」っていうのが、多分エピソードになるんだと思うんだよね。
つまり、多分ね、スター性って、勝手に深読みすることだと思うんだよね。
「あの時こうだったんだよ!」っていうような伝説とかって、大体さ、そういうものだと思うよ。
「スター性とは、人(大衆)に深読みさせるものである」との秋元康さんのお考えは、成る程で、その通りだ。
秋元さんのお考えは、相変わらず本質的で、的を得ている。
「スター」と「素人」は紙一重だ。
なぜなら、両者共、そもそもは一大衆であるからだ。
では、一体何が、「スター」と「素人」を分かつのか。
主たるは、唯一無二の価値を創造する資質と大衆を深読みさせる物語の有無だ。
そして、秋元さんのような「仕掛人」と称される人の最大のミッションは、物語の欠片の持ち主を大衆の中から見出し、それを大衆が希求、評価、受容するべく脚色して喧伝することだ。
「今、大衆は、何を深読みするか、深読みしたがっているか?」
秋元さんは、無意識かつ不断にこの旨自問自答なさっているに違いない。
僕なんかは、「意外にいいね」って言われるのが一番好きなんですよ。
だから、たとえばAKBとかでも、みんなが「(アレって)アイドルだろ?」とか何とかだろうっていう風に言われるんだけど、(実際に音楽を)聴いたら「意外にいいじゃん!」とか「馬鹿にしてたんだけども、いや、曲すごいいいよ!」って言われるのが一番嬉しい。
それがなぜかっていうと、やっぱり、敷居を低くしないと、みんなが入ってきてくれないんじゃないかな、と思うんですよ。
「(これは)いいものですよ!」っていうと、何かこう敷居が高くなっちゃったりするじゃないですか。
秋元さんが、おニャン子クラブ以来、「素人いじり」(笑)、もとい、「素人のスター化」を選好なさるのは周知だが、それが「期待値マネジメント」を志向してのことであるのは非周知ではないか。
少なくとも私はこれまで全く知らず、目から鱗が落ちた。
感動(価値)は、期待(値)と現実(値)の差分だ。
成る程、敷居が低ければ、期待値も低い。
そこで、ソコソコの高さの現実値が実現できれば、期待値との乖離を、つまり、感動を大きくできる。
つまり、「良い意味で期待を裏切り易い」、「肯定的な意外さを醸成し易い」というわけだ。
たしかに、敷居を低くすると、大衆からスルーされ、期待値が発生しないリスクはある。
が、「仕掛人」の秋元さんのこと、それは物語の喧伝でヘッジすればいい。
私は、秋元さんが「素人のスター化」を選好する一番の理由は、「日本人男子の自信の無さ」につけこんで(笑)、もとい、「日本人男子の分相応基準の低さ」を勘案してのことと、これまでずっと考えてきた。
秋元さんには、この場を借りてお詫びを申し上げたい。(礼)
★2011年9月19日放映分
http://www.nhk.or.jp/deeppeople/log/case110919/index.html
kimio_memo at 08:06│Comments(0)│
│テレビ
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