【将棋】「将棋世界2011年10月号/リレー自戦記」村山慈明五段【私小説】「いねむり先生」伊集院静さん

2011年09月27日

【人生】「私が世界No.1セールスマンになるためにやった50のこと」甲斐輝彦さん

P137
では、助言を受けて欠点を直さなければどうなるか。
叱った側は「なめられている」と感じ、対応を強くしようと考える。
やがて言ってもムダだと考えてその相手との関係を絶つ。

指摘してくれた人の言うことを無視することは、「指摘してくれた人よりも自分のほうが賢いと思っている」と宣言しているようなものだ。

そんな人間の相手をするのは誰にとっても不快だろう。

だから、そんなプライドは捨てたほうがいい。

指摘を受けたら、文句を言わずに実践してみる。
その結果、物事が好転すれば感謝の意を表し、うまくいかなければ何も言わない。

甲斐さんのお考えはご尤もであり、言い得て妙だ。
たしかに、他者から受けた欠点の指摘を無視するのは、指摘者を愚者と侮辱するのと同義だ。

人間は、そもそも利己的な生き物だ。
なぜ、そんな利己的な生き物である人間が、わざわざコストをかけ、また、無視されるリスクを賭してまで他者に欠点を指摘をするのか。
一番の理由は、”その”他者が好きで、放っておけないから、だ。
二番目の理由は、逸失するには惜しい可能性が”その”他者から感じられるから、だ。
三番目の理由は、”その”他者の成長、成功、幸福が自分の成長、成功、幸福に予見できるから、だ。

にもかかわらず、なぜ、人間は、他者のかくなる指摘を無視するのか。
一番の理由は、”その”他者が好きでない、信じられないから、だ。
二番目の理由は、そもそも指摘された箇所に問題を認識していないから、だ。
三番目の理由は、指摘された箇所に問題を認識していても、認識できても、他者から指摘されるほど、修正しなければいけないほどには認識していない、認識できないから、だ。

なぜ、人間は、指摘された箇所に問題を認識できても、他者から指摘されるほど、修正しなければいけないほどには認識できないのか。
一番の理由は、「(これまで生きてきた)自分はそれほど捨てたモノではない」と思いたいから、だ。
二番目の理由は、指摘の内容や意義が得心できないから、だ。

なぜ、人間は、他者の指摘の内容や意義が得心できないのか。
一番の理由は、人生のフェーズや知見のレベルがかい離しているから、だ。
二番目の理由は、それらをすぐさま正確に理解しようとするから、だ。

ビールが本当に美味く感じるのは、寅さんが心底面白く感じるのは、社会の不条理を痛感した後のことだ。
学問は、現時点で内容や意義が正確に理解できていない、できないから励むのであって、内容や意義が予め正確に理解できている、すぐさま正確に理解できるなら、そもそも励む必要が無い。
内容や意義が得心できないことを理由に他者の指摘を無視するのは、指摘の何たるかを誤解した人生の機会損失だ。







kimio_memo at 07:34│Comments(0) 書籍 

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