2011年08月07日
【BSNHK】「北欧から世界へ ABBA 時代が求めたハーモニー」ベニー・アンダーソンさん
ここで、どのようにしてABBA(アバ)独特のサウンドが生み出されたのかを紹介しましょう。
「ビーチボーイズの曲は、小型ラジオで聴いても音が凄い。
僕たちも、そんな音を作りたくて、納得するまで時間をかけたんだ。
そんなことが出来たのは、ミキサーのマイケル・トレトウのおかげさ。
あきらめないで、新しいものを探していたよ」。(ベニー・アンダーソンさん)
「彼らは、スタジオに、どうしたいのかというアイデアもなく曲を持ってきて、演奏してみて試行錯誤をくりかえすんだ」。(マイケル・トレントウさん)
「こんな感じで始めた。
まずは、ドラム、ベース、ギターとピアノを重ねて・・・
(マイケル・トレントウさんがミキシングを始める)」。(ビョーン・ウルヴァースさん)
「人手が足りないので、ギターを2回録音した。
バンド全員をそんな風に録音したらどうなるか試したんだ。
スピードを変えて、少し不協和音ぎみにして重ねたら、うまくいった。
(マイケル・トレントウさんがそのようにミキシングする)
すごい音だ。
厚みのあるアバの音だ。
いい感じ!
ボーカルは、同じような方法で、もっとピッチを変えて、明るく引き締まった音にして、元のボーカルと重ね合わせると、キラキラした効果が現れた。
彼女たちのハーモニーも重要だ」。(マイケル・トレントウさん)
「アバのユニークなサウンドは、私たちの声の違いにあるの。
出来るかぎり、それぞれの声を生かしたわ。
アグネタが高いソプラノで、私が少し低めのメゾ・ソプラノ。
ベニーとビョルンは、私たちの声質を知っていて、どの曲で誰がどんな風に歌ったらいいか完全に分かっていたの。
アグネタが(メインボーカルに)選ばれると、時々うらやましかったわ(笑)」。(アンニ・フリード・リングスタッドさん)
「音楽的な要素はそろい、スタジオでひとつになっていった。
最初はまあまあだけど、時間をかけていくと、突然スゴイものが現れるんだ。
魔法みたいにね。
こんな経験したことないよ。
後にも先にも、ビョルンとベニーと仕事しているときだけだね」。(マイケル・トレントウさん)
「最初はまあまあだけど、時間をかけていくと、突然スゴイものが現れた」とのミキサーのマイケル・トレントウさんのお気持ちは、おおよそ理解できる。
スゴイものは、えてして、持続的な努力の果てに、それも、諦めかけようとする瞬間に、突然現れるものだ。
それはそうと、この一連のコメントで一番刺さったのは、ベニー・アンダーソンさんのコメントだ。
なるほど、あのユニークなアバサウンドは、ベニーさんの、「(大衆が愛用する)小型ラジオを凄い音で鳴らさねば」というお考えから始まったわけだ。
「音楽を大衆に売るにはラジオというマスメディアを制するのが常道であり、それには、自分たちの曲が埋没せぬよう、他の数多の曲と差別化された、印象的な音で鳴らさねば」とのベニーさんのお考えは、賢明であるのは勿論、これこそ「凄い」という他ない。
また、本件は、商品開発とプロモーションが同時並行的に好進捗し、好結果をもたらした好例という他ない。
これらの最高の証左は、同じスウェーデン国民とはいえ、あのイングヴェイ・マルムスティーンをもインスパイアしたことに他ならない。(笑)
余談だが、本件から、ラウドネスがアメリカ進出時にリリースしたアルバム「LIGHTNING STRIKES(※日本版名「SHADOWS OF WAR)」を思い出した。
このアルバムは(当時)異常なまでにハイ上がりに(=高音が強調されて)ミキシングされているのだが、それもやはり「ラジオを凄い音で鳴らしたい」という考えから始まったと記憶している。
★2011年7月30日放送分
http://www.nhk.or.jp/hokuou/schedule/1107302030.html
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