2011年08月04日
【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第2局の5・6▲渡辺明竜王△郷田真隆九段〕明日へつながる苦悶・現代棋士の悩み」関浩さん
〔第2局の5〕
郷田(真隆九段)は昨譜の3手を指すのに2時間半を費やした。
誤算に気づき、それを押しのけるべく、身を裂く思いで考えた。
だが、図の局面に至っては、修正不能の事実を受け入れたに違いない。
(中略)
その気になれば、本日終了図の局面から30手以上、先手玉を王手の連続で追い回せる。
しかし、それでも即詰めに討ち取るには至らない。
とうに前例を離れているはいるが、実をいうと即詰みがないことは、1年前から知られていた。
角換わりの同型定跡で戦われた昨年の棋聖戦代1局において、本日終了図の局面が「一変化図」として検討の俎上に上り、「不詰めで先手勝ち」とされている。
それを渡辺(明竜王)は知っていた。
郷田は知らなかったかもしれない。
あるいは知ってはいたが、暫定的な結論を信じていなかったとも考えられる。
いずれにせよ、本日終了図の局面を念頭に置いて、郷田ほど深刻に、濃密に苦悶した棋士はいない。
郷田は既定の結論の正しさを、自己の尊厳をかけて味わった。
無償で得た知識とは訳が違う。
〔第2局の6〕
投了後、「勝ちがないのですね」と落胆する郷田に対し、渡辺は「定跡ですから」と、ぽつりと答えた。
遠慮がちな口ぶりだったが、脳髄を振り絞って空虚となった郷田の五体には、無常に響いたのではないか。
郷田は情報戦に後れを取った。
だが郷田らしい無骨な戦いぶりに接し、また一つ、ゲーテの箴言(しんげん)が脳裏によみがえった。
「なんでも知らないことが必要なので、知っていることは役に立たない」
ともかくも、情報管理と創造性の狭間で揺れる現代棋士のあり方について、考えさせられる一局であった。
不肖の私にも考えさせられる一局であった。
本番ゆえ、既定の最適解を支持するか。
本番ゆえ、更なる最適解に挑戦するか。
本局をご覧になったであろう羽生善治さんは、どうお考えになっただろう。
★2011年8月3・4日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/