2011年07月11日
【邦画】「男はつらいよ 第6作 純情篇」(1971)
【絹代(宮本信子さん)】
何で・・・何であんげん酷か男んとこば、帰らんといかんとね。
うちは、もうあんな男の顔も見たくもなか。
思い出したくもなか。
うち、父ちゃんと一緒に・・・
【千造(森繁久彌さん)】
(そんなことは)できんて。
明日の船で帰れ。
【絹代】
どうして・・・
どうして、そんげん惨かことを・・・
【千造】
絹代。
三年間も便り一つもよこさず、急に(実家に)戻ってきて、お父ちゃんが死んどったら、どげんする気やった?
おいは、そう長くは生きとらんぞ。
おいが死んだら、お前はもう帰るとこは無いようになる。
その時になって、お前が辛かことがあって、クニに帰りたいと思うても、もうそれはできんぞ。
【絹代】
でも、うち、もう、あんげん男とは・・・
【千造】
お前が好いて一緒になった男じゃろが。
そんならどこか一つくらい、良かとこのあっとじゃろ。
その良かとこを、お前がきちんと育ててやらんば。
その気持ちが無うて、どんな男と一緒になったって、おんなじたい。
おいの反対ば押し切って一緒になったんなら、そんぐらいの覚悟しとらんで、どげんすっか。
そんな意気地の無いことじゃ、父ちゃんは心配で、死ぬることもできん。
(寅さんに向かって)えらい娘が世話になりまして。
母親をこまい時に亡くしまして、目の届かんことも多くて。
しかし、あんたみたいな良か人に会えて、本当に良かった。
ま、ゆっくりしてください。
今、あの水イカの刺身作るけん。
どうかしましたか?
【車寅次郎(渥美清さん)】
全くだ。
おじさんの言う通りだよ。
帰れる所があると思うからいけねえんだよ。
失敗すりゃまたクニに帰りゃいいと思っているからよ。
俺は、いつまでたったって、一人前になれねえもんなあ、おじさん。
【千造】
クニはどこかね?
【車寅次郎】
クニかい。
クニは、東京は葛飾の柴又よ。
【千造】
ほう。
親御さんは居るのかね?
【車寅次郎】
もう死んだ。
でもなあ、親代わりにおいちゃんとおばちゃんが居るんだ。
それに妹が一人居るよ。
おじさんの娘と同じくらいの年頃だ。
【千造】
幸せかな、妹さんは。
【車寅次郎】
ああ、子どもが居るよ。
その亭主っていうのがね、俺みたいな遊び人とはまるで違うんだ。
まじめの上に「糞」っていう字がつく位の奴なんだよ。
印刷工場の職工やっているよ。
その印刷工場の裏手でもってね、俺のおいちゃんていうのが、ケチなダンゴ屋やってるんだ。
さくらがよ、あ、こりゃ、俺の妹だけどね、近所のアパートに住んでるんだ。
買い物の帰りなんか、子ども連れてね、ダンゴ屋へちょくちょく顔出してよ、くだらねえこと喋っている内に、陽が暮れらあな。
「どうだい、晩御飯食べておいきよ」
「いいよ、悪いから」
「何言ってるんだい、これからじゃ面倒だろ、ね。
さ、裏に亭主いるんだから、博呼んどいで」。
みんなが円く、賑やかに晩飯よ。
その時になると決まって出る噂が、この俺だ。
俺はもう二度と帰らねえよ。
いつでも帰れる所があると思うからいけねえんだ、うん。
(汽笛の音がする)
【千造】
風が出てきたな。
【車寅次郎】
おじさん、今の汽笛は何だい?
【千造】
ありゃ、渡し船の最終が、もうぼつぼつ出るっちゅう合図たい。
【車寅次郎】
さ、最後が出るか。
【千造】
どうしたの?
【車寅次郎】
いや、出るってよ。
【千造】
ションベンか?
【車寅次郎】
ションベンでない。
【千造】
便所ならこっちにある。
いや、表でやってよか。
【車寅次郎】
俺は帰らねえ。
どんなことがあったって、二度と帰りゃしねえよ。
帰る所があると思うからいけねえんだ。
でもよ、俺帰ると、おいちゃんやおばちゃんたち喜ぶしな。
さくらなんか、「お兄ちゃん、ばかね、どこ行ってきたの」なんて、涙いっぱいためてそう言うんだ。
それ考えると、やっぱり帰りたくなっちゃったなー。
でも、私は、二度と帰りませんよ。
でも、やっぱり帰るなあ、うん!
(席を立つ)
あばよ!
(家を出る)
おーい、その船待ってくれよ、おーい、待ってくれ!
【絹代】
あれえ。
うち、あの人にお金ば借りとったとよ。
【千造】
もう間に合わんわい。
あの人は、ちょっと体の悪かとね。
かわいそうに。
「帰れる所があると思うからいけない」が、「帰れる所があると思えるからいい」。
このジレンマと真理を、渥美清さんが、森繁久彌さんが、宮本信子さんが、山田洋次監督が、見事に教諭くださった。
私が、最後の肉親である実兄の家(実家)をおよそ月に一度訪れているのは、「帰れる所があると思えるからいい」のか?(笑)
帰郷した傷心の娘に「帰れ」と明言する千造のような親、上司は、最近てっきり見かけなくなった。
幸運なことに、亡き母とサラリーマン時代の三上司(Sさん、Sさん、Mさん)はそうだった。
自分の気持ちや希望を押し殺し、自分の評価や利益を放棄し、子どもや部下の利益と将来を最優先する。
先に逝く親や上司は、かくあるべきだ。
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