2011年06月16日
【観戦記】「第69期名人戦七番勝負〔第5局の3▲森内俊之九段△羽生善治名人〕まったりした午前中」甘竹潤ニさん
内藤(國雄)九段がポツリと話し始めた。
「実は昔、私も8五飛を考えたことがあるんです。
今流行の<5二玉。5一金、6ニ銀型>は実際に指したこともあるんですよ」。
後日それを羽生に言うと、「そんな昔に・・・」と目を丸くしていた。
だが内藤九段は8五飛戦法を実戦で試すまでには至らなかったという。
「8五飛戦法は△7四歩から△7五歩が間に合うとは思わなかったんです。
それにどうしても△8五飛は”高飛車”というイメージが離れなかった。
だから8五飛が現れた時も私は2、3年で廃れると思っていました。
8四飛と比べて底が浅いんじゃないかと、ね。
でも、こうしてしっかりと根付いている。
将棋の奥深さと見る思いがします」
内藤國雄九段がおっしゃった「イメージ」は、「先入観」とも言えよう。
内藤九段の回顧談で改めて明らかになるのは、少なくとも二つある。
一つは、「先入観」は「好機の逸失を招く」ということだ。
しかし、「先入観」は、経験則の一つで、人が生きている限り有る(無くならない)。
しかも、生きている時間に比例し、蓄積してしまう。
蓄積を抑制するには払拭が有効だが、生物メカニズム的に限りがあろう。
「先入観」に抗するには、蓄積を抑制するより、動作を抑制するのが賢明ということか。
もう一つは、「アイデアを実行する、具現化することは、本当に難しい」ということだ。
「先入観」の動作の抑制。
「慣れ親しんだ道」の誘惑を断ち切るだけの「精神の逞しさ」。
アイデアを実行、具現化するには、これらの会得が不可欠ということか。
★2011年6月16日付毎日新聞朝刊将棋欄
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│新聞将棋欄
