2022年04月
2022年04月27日
【邦画】「TOKYO JOE マフィアを売った男/The Man Who Brought Down the Chicago Mob」(2008)
2022年04月25日
【GF01】「『乗れている!』感&好タイム」20220425荒川サイクリングロード修行結果
走行時間:1時間55分(+2)
走行距離:51.36km
平均心拍数:127bpm(-)
平均ケイデンス:79rpm(-2)
平均速度:26.7km/h(-0.5)
最高心拍数:145bpm(-8)
最高ケイデンス:129rpm(?)
最高速度:48.2km/h(+1.7)
中3日のインターバルを経ての修行である。
本当は前々日が好都合だったが、さすがに中1日では「リスクがベネフィットを上回る」(苦笑)ことに加え、当日は妻孝行日と相成り(笑)、中3日に収まった(?・笑)次第である。
補足すると、妻孝行は近所のツツジ(とその他名花)散策である。
ここは修行後のルーティンである「小一時間ウォーキング」のルートで、私自身は体験済である。
ではなぜ改めて、修行をスキップしてまで(笑)散策したかというと、妻にも体験させたかったからである。
近所に住みながら彼らの咲きっぷりを体験していないのは、また、そもそも彼らの住処を知らない(吃驚!)のは、余りに勿体ないと考えたからである。
ちなみに、心穏やかにして見る彼らは、同じ好天下でも、修行後の精神高揚冷めやらぬ時より味わい深く、見惚れる一択であった。
感動の可否と多寡は、当人の心境に依存する。
前回に続き、GF01での出走である。
連投の訳は、直截的には、チェーン洗浄&注油を目前(二向聴。笑)に、水溜り(※前夜降雨分)で汚れても良いからだが、深層心理的には、前回の「乗れている!」感が冷めやらないからである。(笑)
幸い、深層心理は念願成就し(笑)、今回も跨るや否や「乗れている!」感が宿った。
「乗れている!」感の本当の由来は依然不明だが、以前よりポジション、および、ライディングが安定している感があり、また、その因子として、以前より「肩が(内側に)入る」ようになった(感がある)ことと、「(過剰前傾を促さない範囲で)上体を下げられる」ようになった(感がある)ことが思い浮かばれる。
とはいえ、ではなぜそれらが以前よりデキるようになったかは、これまた依然不明だが、ギターの速弾きと同様、「持続的な練習の果て、ある日突然デキるもの」かもと、今は思う(他ない。笑)。
ただ、「乗れている!」感に「水を差す」ことがあった。
出走後約三分、ふとサイコンに目をやった時のこと、なんと速度とケイデンスが無表示ではないか。(汗)
サイコンを凝視するに、なんと速度とケイデンスのBluetooth接続が切れているではないか。(大汗)
送信元のセンサーの電池が突然死したか、はたまた、センサーそのものが物理的に突然死したか。
ともあれ、今日のところはスルーし、このまま走り抜くか。
やはり、速度とケイデンスを確認できないまま修行するのは、納豆なしに朝食を取るに等しく(?・笑)、ひと先ず帰宅し、電池を新品交換した。
サイコンに目をやると、速度とケイデンスのBluetooth接続が表示されており、大事(センサーの突然死)には至らなかった。
水は差されたが、事なきを得、モチベは下がらかった。
終始「乗れている!」感が持続し、前回ほどではないがタイムも良かったのは、結局ココかもしれない。(笑)
最高気温は26度である。
風は弱く(※レベル3中)、予報通り初夏の、まだ苦しくない(笑)修行環境である。
重点取組の山本元喜の説く「(身体の)重心はサドルに乗っていること」と、「ペダルを正しく『踏み』『回す』こと」の具現は、「乗れている!」感のもと、前回に負けず劣らず最高である。
速度に色気(?・笑)が出ると過剰前傾になり、それを手のしびれが予兆的に教えてくれる場面があったのも前回同様だが、前回と異なり両手ではなく専ら左手で、また、股擦れは予兆共々無発症だった。
同じように走り、同じような感慨しつつも、症状レベルは微妙に違うのだから、サイクリングの奥深さを改めて思い知るばかりである。
ともあれ、前回と同様、次回もこうありたいと願うばかりである。(笑)
タイムは、アゲインストの往路が目標マイナス1分の46分、フォローの復路がマイナス2分の45分、トータルが1時間55分である。
風の向きと強さが前回とほぼ同様で、タイムは前回より往復共々短いのだから、申し分があろうはずがない。(笑)
帰宅直後の疲労感は普通である。
21時半に就寝し、二度のトイレ覚醒を経、8時間寝た。
恒例の4時台の早朝覚醒がなく、質量共々担保されたのは久しぶりで、嬉しい。
また、だからだろう、寝起きも、恒例の翌日午前中の後遺症も、不快と無縁だった。
最近思うのだが、歳をとって死ぬ、というか、死ぬ易くなる、のは、歳を取ると睡眠の質量担保が困難化し、健康、挙句、生存の維持に必要なリカバリ(システム)が負の循環一方にな(り易くな)るからではないか。
以前述べたように、私は長く生きたいとは思わないが、健康寿命は長くありたい。
睡眠の質量担保は、正に喫緊、そして、終生の課題である。
走行距離:51.36km
平均心拍数:127bpm(-)
平均ケイデンス:79rpm(-2)
平均速度:26.7km/h(-0.5)
最高心拍数:145bpm(-8)
最高ケイデンス:129rpm(?)
最高速度:48.2km/h(+1.7)
中3日のインターバルを経ての修行である。
本当は前々日が好都合だったが、さすがに中1日では「リスクがベネフィットを上回る」(苦笑)ことに加え、当日は妻孝行日と相成り(笑)、中3日に収まった(?・笑)次第である。
補足すると、妻孝行は近所のツツジ(とその他名花)散策である。
ここは修行後のルーティンである「小一時間ウォーキング」のルートで、私自身は体験済である。
ではなぜ改めて、修行をスキップしてまで(笑)散策したかというと、妻にも体験させたかったからである。
近所に住みながら彼らの咲きっぷりを体験していないのは、また、そもそも彼らの住処を知らない(吃驚!)のは、余りに勿体ないと考えたからである。
ちなみに、心穏やかにして見る彼らは、同じ好天下でも、修行後の精神高揚冷めやらぬ時より味わい深く、見惚れる一択であった。
感動の可否と多寡は、当人の心境に依存する。
前回に続き、GF01での出走である。
連投の訳は、直截的には、チェーン洗浄&注油を目前(二向聴。笑)に、水溜り(※前夜降雨分)で汚れても良いからだが、深層心理的には、前回の「乗れている!」感が冷めやらないからである。(笑)
幸い、深層心理は念願成就し(笑)、今回も跨るや否や「乗れている!」感が宿った。
「乗れている!」感の本当の由来は依然不明だが、以前よりポジション、および、ライディングが安定している感があり、また、その因子として、以前より「肩が(内側に)入る」ようになった(感がある)ことと、「(過剰前傾を促さない範囲で)上体を下げられる」ようになった(感がある)ことが思い浮かばれる。
とはいえ、ではなぜそれらが以前よりデキるようになったかは、これまた依然不明だが、ギターの速弾きと同様、「持続的な練習の果て、ある日突然デキるもの」かもと、今は思う(他ない。笑)。
ただ、「乗れている!」感に「水を差す」ことがあった。
出走後約三分、ふとサイコンに目をやった時のこと、なんと速度とケイデンスが無表示ではないか。(汗)
サイコンを凝視するに、なんと速度とケイデンスのBluetooth接続が切れているではないか。(大汗)
送信元のセンサーの電池が突然死したか、はたまた、センサーそのものが物理的に突然死したか。
ともあれ、今日のところはスルーし、このまま走り抜くか。
やはり、速度とケイデンスを確認できないまま修行するのは、納豆なしに朝食を取るに等しく(?・笑)、ひと先ず帰宅し、電池を新品交換した。
サイコンに目をやると、速度とケイデンスのBluetooth接続が表示されており、大事(センサーの突然死)には至らなかった。
水は差されたが、事なきを得、モチベは下がらかった。
終始「乗れている!」感が持続し、前回ほどではないがタイムも良かったのは、結局ココかもしれない。(笑)
最高気温は26度である。
風は弱く(※レベル3中)、予報通り初夏の、まだ苦しくない(笑)修行環境である。
重点取組の山本元喜の説く「(身体の)重心はサドルに乗っていること」と、「ペダルを正しく『踏み』『回す』こと」の具現は、「乗れている!」感のもと、前回に負けず劣らず最高である。
速度に色気(?・笑)が出ると過剰前傾になり、それを手のしびれが予兆的に教えてくれる場面があったのも前回同様だが、前回と異なり両手ではなく専ら左手で、また、股擦れは予兆共々無発症だった。
同じように走り、同じような感慨しつつも、症状レベルは微妙に違うのだから、サイクリングの奥深さを改めて思い知るばかりである。
ともあれ、前回と同様、次回もこうありたいと願うばかりである。(笑)
タイムは、アゲインストの往路が目標マイナス1分の46分、フォローの復路がマイナス2分の45分、トータルが1時間55分である。
風の向きと強さが前回とほぼ同様で、タイムは前回より往復共々短いのだから、申し分があろうはずがない。(笑)
帰宅直後の疲労感は普通である。
21時半に就寝し、二度のトイレ覚醒を経、8時間寝た。
恒例の4時台の早朝覚醒がなく、質量共々担保されたのは久しぶりで、嬉しい。
また、だからだろう、寝起きも、恒例の翌日午前中の後遺症も、不快と無縁だった。
最近思うのだが、歳をとって死ぬ、というか、死ぬ易くなる、のは、歳を取ると睡眠の質量担保が困難化し、健康、挙句、生存の維持に必要なリカバリ(システム)が負の循環一方にな(り易くな)るからではないか。
以前述べたように、私は長く生きたいとは思わないが、健康寿命は長くありたい。
睡眠の質量担保は、正に喫緊、そして、終生の課題である。
2022年04月22日
2022年04月14日
2022年04月08日
2022年04月07日
【経営】「Invent & Wander ジェフ・ベゾス Collected Writings」ジェフ・ベゾスさん
P226
株主への手紙
2016年 二日目をかわす
(前略)
高速で意思決定を行う
二日目の企業も質の高い意思決定を行っています。ですが、意思決定の質は高くても、スピードが遅いのです。はじまりの日の熱量と活気を維持するには、質の高い意思決定を素早く行わなければなりません。スタートアップにとっては簡単なことですが、大企業にとってはこれが難しいのです。
アマゾンの経営陣は素早い意思決定を鉄則にしています。ビジネスはスピードが命。それに意思決定が素早い職場は、楽しいのです。私たちにも正解がすべてわかっているわけではありませんが、意思決定のコツをここに紹介しておきましょう。
一つ目は、硬直的な意思決定のプロセスは厳禁ということです。多くの決定は取り消せますし、もとに戻すことが可能です。こうした意思決定は簡単なプロセスでいいのです。
(中略)
二つ目は、たいていの意思決定は、ほしいと思う情報の70パーセント程度しか手に入らない時点で下さなければならないということです。90パーセントの情報が手に入るまで待っていたら、だいたい遅いのです。
(中略)
三つ目は、「反対してもコミットする」を合言葉にすることです。そうすれば、たくさんの時間を節約できます。みんなが賛成してくれなくても、自分の提案に自信があれば、こう言えばいいのです。「みんな、反対意見があるのはわかるけど、ここは僕に賭けてくれませんか?反対でもコミットしてもらえませんか?」。話がここまで来ているときは、おそらく正解は誰にもわからなくなっているはずなので、みんなもすぐに賛成してくれるでしょう。
これは下から上の場合だけではありません。上司もこの言葉を実行するべきです。私もしょっちゅう「反対してもコミット」しています。
このあいだ、アマゾン・スタジオのあるオリジナルコンテンツの制作を許可しました。私は自分の見方をチームに伝えました。中身が十分に面白いか疑問だし制作が複雑だ、契約条件もあまりよくない、ほかにもっといい機会があるのではないかと意見したのです。
チームは私の意見と正反対で、制作を望んでいました。私はすぐに返信しました。「反対するがコミットするよ。史上最高に人気のあるコンテンツになるといいね」
もし私を説得しなければならないとしたら、意思決定がななり遅れていたはずです。ですが、反対でも支えることにすれば、時間の節約になるのです。
ちなみに誤解しないでいただきたいのは、私は頭の中で「あいつらは間違っていてよくわかっていないが、あまり追い詰めても無駄だ」と思っていたわけではありません。ただお互いの意見が違っていただけで、私は正直に自分の意見を言い、彼らに私の意見を考える機会を与えたうえで、彼らのやり方を心から支えるとすぐに伝えたのです。
このチームがこれまでに11回のエミー賞、6度のゴールデングローブ賞、3度のアカデミー賞に輝いていることを考えると、私は話し合いに入れてもらっただけでもありがたいと思っています。
四つ目は、考えの本質的な違いを早めに認識し、すぐに上にあげて処理することです。チームの中で目的が違い、根本的なものの見方が食い違うことはあります。メンバーが同じ方向を向いていないのです。どれほど話し合っても、会議を何度重ねても、深い考え方の違いは解決できません。上の人間が処理しなければ、話し合いが果てしなく続いてみんなヘトヘトになります。誰であれいちばん体力のある者が決断をすることになってしまいます。
(中略)
「疲れ果てたからもう終わり」というのは意思決定において最悪のパターンです。判断が遅くなり、気力も削がれます。ならば、早い段階尾で解決を上に任せるべきです。
(後略)
意思決定、挙句、取組着手を高速化すべく「反対してもコミットする」。
私は本件にアマゾンの競合優位の源泉を一つ垣間見ると共に、サラリーマン時代、敬愛する上司(S氏)に通底すること言われたのを思い出した。
当時、私はS氏から全幅の信頼を得ていたが、得ていたがゆえホウレンソウを絶やさなかった。
そんなある日、懸案だった某スーパーでの出張展示会が具体化し、先方との条件交渉の進捗を彼にホウレンソウしたのだが、途中で遮られ、こう言われた。
「予算から全てお前に任せているんだから、いちいち全部報告しなくて良い。お前がそれで良いと思うなら、そうすれば良い。じゃ、ワシは(今日は)もう(家に)帰る」(と言って社長室を出た)
結局のところ、面倒な話は部下に丸投げし、早く帰りたいだけじゃないか。
直後私はこう思った(憤慨した?・笑)が、少し経ってから思い直すに部下冥利のあり難い話であり、また、改めて今思い直すに「反対してもコミットする」と同義である。
なぜなら、予め出張展示会の根本的な意義とコンセプトがシェアされ、あとはそれらをどう投資対効果良く具現化するだけの、(現場責任者である)私の専門(&得意)領域の、話だからである。
周知の通り、アマゾンは年々倍々ゲームである。
そんなアマゾンが「反対してもコミットする」を合言葉にし続けられるのは、アマゾンの根本的な価値(観)と存在意義、ビジョン、コンセプトが再認識&シェア&コミットされる社内機会が講じられていることに加え、Amazon Career Choice等、「その道、かつ、その道が好きで好きで堪らないプロ(中のプロ)」のみ現場配備される仕組みが実装されている所以ではないか。