2012年02月
2012年02月22日
【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第37局の1▲渡辺明竜王△丸山忠久九段〕2枚の貧乏クジ」甘竹潤ニさん
2・1、ラス前一斉対局。
「羽生挑戦決定か」にファンの注目が集まった大阪対局とは趣を変えて、こちら東京では熾烈な残留争いが焦点となった。
渦中にいるのは1勝6敗の高橋、丸山、久保(大阪対局)の3人。
このうち2人が陥落の貧乏クジを引くことになる。
かつてない苦戦を強いられている丸山。
すでに自力の目はなく、この日、高橋勝ち、丸山負けだと最終日を待たずして14期守り通してきたA級の座から滑り落ちてしまう。
なのにこのおだやかな表情はどこからくるのだろう。
そこには険しさも緊迫感も感じられない。
時に目をつぶり、まどろみ、ほほ笑んでいるようにさえ見える。
挑戦権にわずかな望みを残している渡辺のほうが表情が硬く見えた。
冷えピタ事件(?w)に加え、昨年の竜王戦では食事やオヤツでも将棋ファンを沸かせた丸山忠久九段だが、要するに、丸山さんは、タイトルを取りたいが為に、A級に在位したいが為に将棋を指しているのでは決して無く、ただひたすら眼前の一局を自分らしく指し切りたいが為に将棋を指している、プロ棋士であり続けている、ということではないか。
凡人には開き直りとも取れる丸山さんの態度は、非凡な丸山さんのそんな無心の表れではないか。
そして、丸山さんにとっての食事やオヤツは、そんな強靭な無心を貫く「丸山ガソリン」ではないか。
★2012年2月22日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/
2012年02月16日
【BSNHK】「疾走するシェフ 世界の頂点へ」ルネ・レゼピさん(ノーマ・オーナーシェフ)
(2008年の「世界のベストレストラン50」において)世界で10位であることが何を意味するか。
僕たちは、さらに深く研ぎ澄まされた味を(ノーマへお越しくださるお客さまに)提供しなきゃいけない。
この間、霊長類についてのドキュメンタリーを見たんだが、人間との違いは2パーセントしかないそうだ。
今、尻を舐めていても、あと少し進化していたら、料理していたかもしれない。
これは僕たち(スタッフ全員)にも言えることだ。
2パーセントの差が、違いをもたらすんだ。
(中略)
クリエイティブで、頭を使って工夫する料理人と仕事をしたいんです。
厨房を進化させてくれる人がいい。
作る料理にあと2パーセント多くの努力を次ぎ込むことがどれだけ重要か、(スタッフには)理解して欲しいです。
報道によれば、ノーマ(noma)は、オーナーシェフのルネ・レゼピさんがスタッフミーティングでこう仰った2年後の2010年、世界の頂点へ見事上りつめ、2011年もその座を死守した。
ルネさんがスタッフに力説した「2パーセントの差」が、「2パーセント多くの努力」が、正に大きな違いを、大きな成果を生んだに違いない。
成否と勝負は紙一重だ。
「2パーセントの差」を「そんなものだ」と当然視しない。
「2パーセント多くの努力」を「そこまでしなくても」と馬鹿にしない。
たかだか2パーセントのそれらを狂信し続ける人にのみ、お客さまは、そして、女神は微笑むのだ。
余談だが、私は、2パーセントのそれらを軽んじたスタッフの過ちと心情態度にルネさんが激しく詰め寄るさまから、若かりし自分を思い起こした。
当時、私はリストラマネージャーと揶揄されたりもしたが、私の詰め寄りに耐え、私に付いてきたスタッフは皆、技術的にも人間的にも格段に成長した。
私は間違っていなかった。
★2012年1月12日放送分
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/120112.html
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2012年02月15日
【BSNHK】「ほっと@アジア/ゲイリ・ライが語るアジアの美」ゲイリ・ライさん
【杉山ハリーさん/レポーター】
彼女(=ゲイリ・ライさん)のプロフィールをここでちょっと見てみましょう。
彼女は1980年にマカオで生まれて、2才の時に、1982年に、アメリカサンフランシスコに移住しました。
そして、1994年にモデルスカウトされるんですね、若干14才で。
そして、香港を拠点に世界的に活躍されるということですが、30才を過ぎてもなお、第一線でアジアのスーパースターで活躍を続ける、アジアを代表するトップモデルです。
(中略)
世界を飛び回っているゲイリさん。
忙しい中でも、自分が楽しんで、内面を磨くことができるという時間を作っています。
それは、モデルの仕事を始めてからの趣味だという油絵です。
【ゲイリ・ライさん】
実は私、初めて日本に来た時、友人も居なくて、誰とも話をする機会が無かったんです。
仕事が終わって家に帰ると、いつも自分一人。
でも、そんな毎日の暮らしの中で、絵を描くということに出会ったんです。
そして、自分のことを知るためには、自分の時間を持つことが大切なんだということを学びました。
生活に追われてしまうと、ついつい忘れがちなことですけどね。
私は、モデルという仕事柄、色んなイメージで表舞台に立つことが多いわけですが、何をイメージされているのか自覚することが大切だと感じながら仕事しています。
でも、同時にそこには、自分自身の人生も反映されてしまうものです。
だからこそ、自分というものを持たなければならない。
私は、それをうまく表現できるモデルでありたいと思っています。
美を追求するためには、自分が幸せでなければならないと思うんです。
人は、幸せな時、最も美しいのではないでしょうか。
ゲイリ・ライさんは初見だったが、ゲイリさんがデビュー16年後の今尚、アジアを代表するトップモデルであられるのはわかる気がした。
また、日本のモデルの多くが、アジアの顔になれないばかりか、薄命であるのもわかる気がした。
彼女たちとゲイリさんを分かつ最たるは内面、即ち、知性だ。
マスメディアのインタビューにかくも合理的に、啓蒙的に、触発的に回答する日本人のモデルを、私は知らない。
ゲイリさんのインタビューの回答から窺えるのは、ゲイリさんがいかに不断に、知性を陶冶しているか、顧客のニーズを理解しているか、顧客の潜在ニーズをも満たす独自価値を創造しているか、そして、顧客の期待を良い方に裏切っているか、ということだ。
「天性と若さに依存した価値は、勢いとインパクトはあるが、浅薄で持続性に乏しい」。
本事項を心得、「白痴美人」を忌み嫌い、顧客の期待を知的に裏切り続けるゲイリさんは、「美人長命」を果たされるに違いない。
★2012年1月25日放送分
http://www.nhk.or.jp/hot-asia/prg/120125.html
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2012年02月13日
【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第35局の3▲佐藤康光九段△三浦弘行八段〕佐藤将棋の魅力」椎名龍一さん
佐藤は時折、「誰も私の将棋を真似しようとしないんですよね」と不満げな表情を作ってみせることがあるが、その後には口元にうっすらと笑みが見え隠れする。
玉の堅さという実利を追求して戦うタイプが多い現代将棋において、佐藤将棋は薄い玉型のリスクを背負うことをいとわない。
主流とは真逆に流れていて誰も真似できないのだ。
他の棋士とは一線を画す佐藤将棋の魅力がそこにある。
佐藤がかすかに見せる口元の笑みは、誰も入ってこられずにいる自分だけの領域に対する自信の表れではないかと思う。
「佐藤将棋」は、現在進行中の第61期王将戦七番勝負で、正に炸裂している。
前代未聞の▲5七玉で制した第一局、そして、敗勢から猛追、逆転した第二局は、正に「佐藤将棋」に違いない。
なぜ、情報化が進んだ今(でも)、他のプロ棋士は誰も、「佐藤将棋」を真似しようとしないのか。
また、真似できないのか。
とどのつまり、「佐藤将棋」は戦法ではないからだ。
将棋に限らず、他者が真似できるのは、基本、戦法という一局面でのソリューション、方法論だけだ。
「対戦相手」ではなく「過去の自分」に勝つことを一義とする佐藤康光九段の高邁な決心と生き様を、佐藤さんご自身以外誰が真似できよう。
★2012年2月11日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/
2012年02月09日
【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第35局の1▲佐藤康光九段△三浦弘行八段〕対局前のポカ」椎名龍一さん
対局開始時の15分前にゆっくりと席に着いた佐藤(康光九段)とは対照的に、三浦(弘之八段)は開始3分前にかなり慌てて入室してきた。
雪の影響で交通事情でも悪かったのかと思いきや、後で知ったのだが三浦は対局室を間違えていたのだという。
渡辺明竜王の座っている盤の前で身支度を始め、しばらくして対戦相手が渡辺ではなく佐藤であることに気付いたようだ。
対局開始前の三浦の珍しいポカだが、盤上のことばかり考えている三浦らしいうっかりという気がしないでもない。
プロ棋士は等しく「盤上没我」だが、このエピソードが改めて明らかにしたのは、三浦弘之八段のそれと没我は到底盤上に収まり切れない、ということだ。
勝負は、詰る所、自分との戦いだ。
三浦さんは、何時何処でも、自分と戦っておられるに違いない。
★2012年2月9日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/