2011年06月26日
【理研脳科学総合研究センターRIKEN Science Seminar】「IV特別編/将棋プロジェクトのすべて」森内俊之名人、渡辺明竜王
http://twilog.org/kimiohori/date-110625
森内俊之名人、渡辺明竜王のお話は、シンプルだが、いずれも深く、考えさせられるものだった。
とりわけ考えさせられた以下の二つのみ、再掲&コメントしたい。
堀 公夫(教授&羽生ヲタ)@kimiohori
森内名人「私も渡辺さんと同様合理的なので、既知の所は考えない。省力化する。誰かの様に何時間も考えて想定手を指すことは余り無い。本人に一度聞いてみたいw。若い頃はベタ読みもしたが、今は若くて優秀な人が居り、それではまずいと思い、しない」。 http://bit.ly/jHAi32
2011/06/25 14:58:38
「誰か」は間違いなく羽生善治さんだろう。(笑)
なぜ、羽生さんは、森内さんや渡辺さんが「既知局面ゆえ考えない」と判断する局面で長考なさるのか。
羽生さんは「長考は『最善手を見つけようとしている』というよりは、『迷っている』状態である」旨以前仰っていたが、「迷っている」のではないだろう。
誤りを怖れず推量すれば、やはり「ベタ読みしている」、正確に言えば、「プロなら第一感で除外してしまう手を鳥瞰的に、積極的に発見し、可能性を直感したものを深く読んでいる」のではないか。
実戦、それも多くはタイトル戦という極限の緊張感と思考力が求められる場に居ることを逆手に、「将棋の、自分の新たな可能性を発見、開拓している」のでは、「将棋の、自分の新たな可能性に対する限界感や絶望を能動的に防いでいる」のではないか。
そして、この徒労を怖れずリスクや不確実性に挑む習性、棋士大勢の逆を行く習性こそが、「比類無い棋風と実績を長きに渡り生み出している」のでは、「羽生さんが長らく羽生さん足り得ている源である」のではないか。
堀 公夫(教授&羽生ヲタ)@kimiohori
渡辺竜王「森内名人も仰っていたが、将棋は人間にはわからない所が出てくる。だから、それを補うような意味で個性があるのではないか。だから、いつも同じような手を選んでいる印象がある。必ずしも良くはないので、無くしたいと思うこともある」。 http://bit.ly/jHAi32
2011/06/25 15:03:54
よく「物事に正解は無い」と言うが、これは嘘だ。
物事に正解は有る。
しかし、それは、”その”時点では、人間にはわからない。
だから、「正解は無いものと考え、自分が出す解の精度をできるだけ高くしよう、自分が出した解を正解の如くしかと実行しよう」ということだ。
将棋は、使用する道具が限定的で、相手の情報、手の内も相互に知り得る「完全ゲーム」だ。
森内さんと渡辺さんも仰ったように、正解、つまり、「最善手」は間違いなく有る。
だが、両氏は、いずれもこう仰った。
「将棋は人間には難しい」と。
将棋には、オセロや五目並べとは比較にならない複雑なルールと着手可能性がある。
対局中、人間が最善手を知り得るのは不可能だ、ということだ。
だから、「『”この”手こそ最善手だ』と自分が決心、意思決定するための」、「『”この手”は最善手ではなくても指すべき手だ』と自分が決心、意思決定するための」何かが必要であり、渡辺さんはそれを「個性」と考えられている。
「正解の存在」という現実との決別には、経験値や習性の集まりである「個性」が有効である。
しかし、その有効性は限定的で、過剰依存は逆効果&危険である。
過剰依存の折は、捨てる必要がある。
渡辺さんの「個性論」は真理だと思う。
★2011年6月25日六本木アカデミーヒルズ40にて催行
http://www.riken.jp/r-world/event/2010/sci-seminar/index.html
http://twitter.com/kimiohori/status/84759929642168320
2011年06月25日
【TBS】「がっちりマンデー」平本清さん(株式会社21創業者/相談役)
【加藤浩次さん】
平本さんの立場に居るような方を次育てるっていうのは、なかなか難しくないですか?
【平本清さん】
もう、そりゃ、難しいということはハッキリわかっております。
だから、「育てる」ってことはもう不可能である、と。
「育っていく」んだ、と。
「育ってくる芽をつまないようにしよう」という気持ちになっています。
平本清さんが創業なさった株式会社21は、私の知る限りにおいて、「人間の心理」、「普遍の真理」、「企業の存続要件」を高次に網羅した、故くかつ最新、最高の経営、マネジメントが執行されている。
私は、「育てる」ではなく、「育ってくる芽をつまない」という平本さんの次世代経営者教育方針から、このことを確信した。
★2011年6月19日放映分
http://www.tbs.co.jp/gacchiri/archives/20110619/1.html
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2011年06月24日
【NHK】「あさイチ」東山紀之さん
焼きそばパンを食べない。
「こんな大きな役を演っている中、あなた何(素朴なモノ)食べてるの!」
楽屋で食べていたところ、当時共演していた山岡久乃さんからこう指摘(叱責)されたことから、本伝説(笑)は生まれたとのこと。
しかも、山岡さんは、後日、本件を事務所にも申告なさったとのこと。
大御所にはなるには、口うるさい大御所にならうのが有効かつ早道ということか。
また、大御所になったら、次世代の大御所候補に口うるさく言うのが当然かつ不可欠ということか。
いずれにせよ、成る程である。
★2011年6月24日放映分
http://www.nhk.or.jp/asaichi/2011/06/24/01.html
【フジ】「ボクらの時代」西田敏行さん
「演じてる」っていうことを感じさせない演じ方っていうのは、きっとあるんだと思うんですよね。
「演じてる」っていうことからは逃れることはできないわけですから、我々俳優は、表現者はね。
そっち(芝居を見た観客から「うまいですね」と言われるより「自然でしたね」って言われる)の方がいいですね。
オレの亡くなった劇団の先輩でしたけど、ある劇評に僕の芝居で「西田敏行という俳優は面白い」と書かれたんですね。
「上手い」とか「見事」だとかそういう風なのじゃなくて、「面白い」と書かれたんですよ。
そしたら、その先輩がその劇評を見て、「おまえ、これはお前の命題だ。『面白い』と思われる役者を目指せ。悲劇演ろうが、喜劇演ろうが、何演ろうが、『あいつ、何か、やってること面白いよな』っていう風に」と(おっしゃったんですよね)。
(中略)
人間だけじゃないですか、「笑う」っていう行為ができるのは。
「ははは」って声高に笑えるのは、人間だけの特権だと思うんですよね。
(中略)
「笑う」って何なんですかね。
どっかで、こう、何か、何かに対して批判とか、比喩とか、色んなものとかの、どっかで、こう、何か、スパイシーなもの、感情を入れていかないと、「笑い」を誘発はできないじゃないですか。
てことは、世の中を客観的に見てるとか、至近に見てるとか、今夢中になっているよりはどこか絶えず何かに対して全部余裕を持ってみつめてないと、何か笑いにつなげるような言葉とか思いとか動きとかっていうのは発せられないっていうかね、だから、笑いを引き起こす人たちっていうのは、相対的に冷めてるし、大人なんですよ。
人は幸福を望んでいる。
「面白い」という感情(変化)は幸福の十分条件だが、「上手い」は違う。
人が芝居を観るのは、幸福になりたいからだ。
芝居を観て「面白い」と感じるのは本望だが、「上手い」と感じるのは本望ではない。
ゆえに、俳優として目指すべきは、「上手い」俳優ではなく、「面白い」俳優である、ということか。
いずれにせよ、売れる商品が「高機能/高性能」な商品ではなく、使って「面白い/楽しい」商品であることや、モテる男が「顔形がイイ」男ではなく、一緒に居て「面白い/楽しい」男であることが、よく再認識できた。
やはり、「大御所」と称される俳優は、人が望むものを、人の「ニーズ」を、人というものを、熟知している。
西田敏行さんに敬礼。(礼)
★2011年6月19日放映分
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/jidai/
http://bit.ly/jJAkxk
2011年06月23日
【朝日新聞社】「第69期名人戦第七局▲森内俊之九段△羽生善治名人」木村一基八段

経験上、タイトル戦で初戦から三連勝して角番に追い込むと、「相手はもう戦意を喪失しているに違いない」と想像してしまうものだが、そこで一局負けると、「相手はまだ狙っているのではないか」と思い、続いてもう一局負けると、「やっぱり(まだ狙っているの)か」と思い、さらに続いて(第六局を)負けると、かなりがっくりくる。
三勝三敗の第七局まで行くと、やはり対局者としては、主導権が得易い先手を取りたいもの。
だから、(先手/後手を決める)振駒をする人は、責任重大かつプレッシャーがかかる。
後手番になった対局者から「お前のせいだ!」と言われかねず、「(先後の決定は)対局者同士じゃんけんで決めて欲しい」ものだろう。(笑)
「横歩取り(※戦法の名称)」は難しい。
本局も途中までは昨年の(第68期名人戦の)羽生ー三浦戦と同じだが、昨年の考えや結論は、今や全く通用しない。
ニ、三ヶ月指していないと、実戦で使えなくなる。
難しいのは解説も同様で、「オレは知らない」と言って堂々と解説できるのは藤井猛九段くらいだ。(笑)
後手番の羽生(善治)名人が採用した4一玉型は、歩が足りなくなる変化があることから、最近は「後手がやりにくい」と指されなくなっている。
それは羽生名人も十分わかっているはずで、その上で今回指してきたのだから、きっと相応の準備があったのだろう。
人となりと棋風は反比例するもので、羽生さんの最近の棋風は「キツい」、「攻撃的」だ。
まあ、攻めた方が楽しいからわからないでもないが。
かくいう私も、かつて受けてばかりで生活している時期があったが、それって楽しくないのだ。(笑)
「この手は谷川(浩司)先生みたいな手ですね」と言われるようになりたい。(笑)
過去の対局をちゃんと覚えていて、それに改良を加えてくる。
だから、羽生名人は強い。
このようにタイトル戦を死に物狂いで指した対局者は、(より一層)強くなって帰ってくる。
これは、他の棋士との実力差が益々広がることと同義で、同業者(の私)としては嫌なものだ。(笑)
もし、羽生名人が本局を落としたら、(60手目)ここでなぜ△8五飛車を選んだのか、△3ニ飛車は考えなかったかと対局後間違いなく訊かれると思うが、その際に問題になるのは「(△3ニ飛車の可能性を)誰が言ったか(=主張したか)」。
言ったのが私だと、「ふーん」で終わりかねない。(笑)
今年は朝日杯で羽生名人に勝ち、優勝することができたが、羽生さんを負かせるとは思っていなかった。
あの時は、時間に追われ、余裕が無く、そんな中あっという間に逆転した。
朝日杯は元々持ち時間が短い棋戦で、(私のように)集中力が無い人にはいい。(笑)
羽生名人は、持ち時間の長い将棋でも、短い将棋でも、戦い方や作戦が特段変わらない。
いつも相手の弱い所を突いてくる。
ここぞと選択肢が沢山有る局面で手を渡してくる。
相手は驚き、手を間違ってしまう。
これが「羽生調」だ。(笑)
私はその被害者だからよくわかる。(笑)
(94手目の)△3三銀は、時間が無い中、思考を端折った手。
考えてない、「勘」で指した手で、紛れを無くしている。
観客の殆どが羽生さんのファンだった(※挙手にて判明)ことも手伝ってであろう、木村一基八段のネタの多くは羽生さんに関するものだったが、それは、羽生さんがそれだけ同業者(笑)、それもプロ中のプロから「ベンチーマーキング」に加え、「信頼」、「尊敬」されているということではないか。
プロ中のプロから「信頼」、「尊敬」されてやまない羽生さんの捲土重来を期待したい。
★2011年6月22日催行分
http://twitpic.com/5feqej
※1:解説女性棋士は中村桃子女流一級
※2:上記の木村八段の言はいずれも意訳
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2011年06月22日
【観戦記】「第69期名人戦七番勝負〔第5局の9▲森内俊之九段△羽生善治名人〕無機質な視線」甘竹潤ニさん
ヘエ~、ウーン・・・。
羽生の動きがますます大きくなった。
頭を抱えながらアーッとつぶやいたかと思えば、イヤッと小声で叫んだり。
声とともに表情まで豊かになっていくのだ。
終始、”静”を決め込む森内とはなにもかもが対照的だ。
ところが形勢は逆に森内にとって容易ならざるものになっていた。
銀桂交換の駒得ながら、先手は飛車が狭い。
次に△6四銀をみられて忙しい状況なのだ。
(森内が)▲7四歩と突く手はある。
(中略)
苦吟58分、森内は▲5五角。
この手を見て羽生が席を立つ。
やがて襖をあけて戻ってきた羽生はさっきまでの豊かな表情とは一変。
席に着くまで森内に対して無機質な視線を投げかけた。
自分に向けられた視線ではないのに、記者の背筋がゾクッとした。
(▲5五角の後の)△3三桂は昼食休憩をはさんで61分の長考。
ついで▲7四歩に△5六歩が絶妙のタイミングの利かし。
「形勢変化は一瞬であり、優勢(になりそうだ)と思しき時にこそ、次の一手を苦悩すべし」ということか。
「天才」の自覚のない天才の一挙手一投足には、翻訳機が必要だ。(笑)
★2011年6月22日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/
2011年06月21日
【観戦記】「第69期名人戦七番勝負〔第5局の8▲森内俊之九段△羽生善治名人〕恐るべき大局観」甘竹潤ニさん
2六にまで猛牛のごとく突進してきた銀が、森内とそして控室の判断も狂わせることになった。
▲2七歩に△1五銀▲5五角△3三角を予想していた検討陣は「銀がこんな所にいっていいの?」と半信半疑。
ところが羽生がなかなか次の一手を指さないのを見て「もしかしたら・・・」。
その予想が的中した。
羽生は57分を費やして△3七銀成と銀桂交換に出たのだ。
駒得のうえに▲3七同銀と懸案だった壁銀が好形になった。
これで先手が悪いはずがないーー。
控室ではその見方が大半を占めた。
ところが△5三銀と上がって次に△6四銀をみられると先手は容易ではない。
森内「駒得して悪いとは思っていなかったので仕方ないですね。大局観が悪かったです」
森内も唖然とした、羽生の恐るべき大局観。
驚くことに、今日の終了図から先手がよくなる順は一度も発見されなかったのだ。
ふり返って▲2七歩がどうだったか。
(中略)
実戦は銀桂交換の駒得より、▲2七歩と打ったマイナスのほうが大きかった」とは久保王将の見解である。
森内俊之九段が▲3七同銀の局面を「(駒得ゆえ)悪いはずがない」とお考えになってしまったことが、本局の勝敗を決めたようだ。
「大局観」は勝敗や成否を決める最重要能力であると共に、先入観を払拭&動作抑制する能力に大きく依存している、ということか。
★2011年6月21日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/
2011年06月20日
【NHK】「MJ presents 少女時代スペシャル」少女時代
(少女時代は)どのメンバーも、中学高校時代に合宿生活を送りながら、厳しいレッスンを受け、その実力を磨いてきました。
「ダンスと歌は当たり前で、演技や言葉のレッスンも受けていました」。(ヒョヨンさん)
「少し辛かったことは、友達とあまり遊べなかったことですが、でもそれは、自分自身への投資期間で、そのお陰で今の少女時代があると思います」。(ジェシカさん)
「目先の辛さを将来への『投資』と解釈してきたからこそ、今の自分がある」。
こう人前で明言できる日本のアイドル、並びに、日本人がどれだけ居るだろう。
エンタメであれビジネスであれ、日本が韓国に追い越されるようになったのは、自然かつ当然だ。
★2011年6月9日放映分
http://www.nhk.or.jp/mj-blog/200/84691.html
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2011年06月19日
【BSTBS】「SONG TO SOUL 永遠の一曲」The Kinks”You really got me”
R&Bからデイブ(・デイヴィス)の言う「彼らの音楽」に至るまでには、ある象徴的な出来事があった。
それは、デイブのドロップアウト体験だ。
「13か14才の時、スーという女の子が大好きになった。
近くの学校に通う、僕より年下の子だった。
その頃から、学校に行くのが嫌になった。
近所にジョージという子がいて、その子の家は、昼間誰も人が居なかった。
だから僕は、朝、制服を着て「行ってきます」と家を出ると、学校に行くふりをして、ジョージに家に行っては、1日中ギターを弾いていた。
そこにスーも来てくれていた。
夏になると、僕らはケンウッド公園によく行った。
僕らのアルバム・ジャケットにもなっているあの公園だけど、
背の高い草が生い茂っていて、夏は一面、草で覆われていた。
なのに、あの年だけ草を刈りやがったんだ!
だから、いつものように公園の木の下で愛を確かめ合っていたら、見つかって補導されてしまった。
補導員は2人とも教育委員会のメンバーだったから、万事休す!
僕はズボンを下ろしたまま、捕まったんだ。
ずっと後に、レイ(・デイヴス)はこの事件をもとに『不良少年のメロディ』というアルバムを作った。
あれは、僕の物語なんだ。
『なんで僕の事件をネタにしてレイがアルバムを出すんだ?』
って思ったよ。
『あれっ?この曲知っているぞ!』って感じさ。(デイブ・デイヴィスさん/キンクスg)
ギター少年の悲劇は、その後も続く。
中学を退学となったデイブは、楽器の問屋で働く身に。
やがて、スーは妊娠。
若い恋人たちは結婚するつもりでいたが、将来を憂れいた親たちによって、二人は引き裂かれる。
「つまり、言いたかったのは、”You really got me”のあのギターサウンドは、僕が色々な苦悩を抱えている時に生まれたってこと。
10代半ばで恋をして仲を引き裂かれたために、僕の心は荒れ狂っていた。
だから、スーに対する激情をギターに託して表現した、
ぴったりの表現ができると確信したんだ。
関心を集め、愛されたかったんだ。
夢中だったスーに言ってもらいたかった。
『あの曲は最高だった」とか「あの演奏はすごかったわ!」ってね。(デイブ・デイヴィスさん/キンクスg)
ギターのデイブ・デイヴィスさんの不条理な失恋体験がキンクスに名曲”You really got me(ユー・リアリー・ガット・ミー)をもたらしたとは、想像だにしていなかった。
元カノのスーさんは、ラジオから”You really got me”が流れる度、さぞ喜んだに違いない。
「大ヒット」とは、大衆をポジティブに感動させたてん末だ。
しかし、それは往々にして、個人のネガティブな感動に依存している。
★2011年6月12日放映分
http://w3.bs-tbs.co.jp/songtosoul/onair/onair_53.html
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2011年06月18日
【自戦記】「奨励会熱戦将棋/三段リーグ[第6譜▲門倉啓太三段△千田翔太三段]晴れて棋士に」門倉啓太さん
最終戦を終え、対局室を出たところで先輩棋士に「おめでとう」と言われ、昇段を知った。
隣の部屋で対局していた師匠にも会い、堅く握手していただいた。
夢の中のようだった。
(中略)
晴れて棋士になることができたが、これからが本番。
一歩一歩確実に前進していきたい。
門倉啓太三段の隣の部屋で師匠の石田和雄九段が対局なさっていたのは、全くの偶然ではないだろう。
「三手の読み」ができる人は、「喜ばせ上手」だ。
門倉三段は、長年、記録係としてNHK杯で活躍くださった。(感謝)
四段昇段を祝うと共に、対局者として活躍くださる日を心待ちにしたい。
★2011年6月17日付毎日新聞夕刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/
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